1975年3月16日 棕櫚の聖日礼拝(受難週)
岩国教会週報「先週説教より」
(岩国教会牧師10年、健作さん41歳)
「わたしの国はこの世のものではない…」(ヨハネ 18:36)
はじめに引用したこの言葉は、36節に二度も出てきます。直訳すると「私の統治(支配)は、この世からでない(この世に属さない、この世に由来しない、この世に根拠を持たない)」という意味です。この言葉の間に「もしこの世のものであれば、…弟子たちはわたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう」と記されています。
”「もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない」。”(ヨハネ 18:36)
「この世」とは、ここにあるように、目に見える力を使って直接役立つような関わり方の世界・領域といったものを示しています。力にはいろいろあります。武力・権力・金力・心理的な力等々。こういう力の特徴は直接に作用するもので、愛とか信頼といったものとは性質を異にします。私たちは、この世の力関係に知らないうちに支配されてしまって生きています。このような生き方に陥っている間違いをイエスに触れることで気づいていくことが大事ではないでしょうか。はっきり言えば、自分が立っている根拠の中の「この世性」といったものと訣別し、否定していく力がイエスの統治(わたしの国)です。このような戦いがないところで「神の国」がどこか彼方にあるように考えるのは間違っています。
日本統治時代の朝鮮で神社参拝に抵抗して獄死した朱基徹(チュ・ギチョル 1897-1944)牧師の生涯とそれを支えた平壌山亭峴(サンジョンヒョン)教会の足跡を読みました(『キリストの証人たち 4 <抵抗に生きる>』日本基督教団出版局 1974)。それは、この世の力(日本の天皇絶対民族主義)に対して同じレベルのこの世の力(朝鮮民族主義)で戦うことに訣別した戦いであるだけに、日本の教会の信仰のあり方への鋭い問いかけであります。
(岩井健作)
(報告欄より)
幼稚園 19日、52名が卒園いたしました。
岩井牧師 26〜28日、四国教区高校生修養会を応援のため松山へご出張。


