1988年6月14日(火)東京の斎場(千日谷会堂 新宿)
神戸教会員•吉田信(作曲家・NHK音楽部長 1904-1988)葬儀式
岩井溢子さんによるデータ化(投稿日:2021年2月15日)
レジュメ「神戸のキリスト教 ー その光と影 『近代日本と神戸教会』が問うたこと、問えなかったこと」(2006 学会)
2006.9.29、キリスト教史学会第57回大会「特別講演」レジュメ
於 神戸海星女子学院大学
講演原稿「神戸のキリスト教 ー その光と影 『近代日本と神戸教会』が問うたこと、問えなかったこと」(2006 学会)
2006.9.29、キリスト教史学会第57回大会「特別講演」
於 神戸海星女子学院大学
人間であれ(2002 保育)
『キリスト教保育』2002/10 巻頭言 キリスト教保育連盟発行
かつて、頌栄保育学院の図書館書庫で、倉橋惣三の太平洋戦争開戦時の文章に出合って愕然としたことがある。幼児を戦争に役立てるための「保育」に就いて朗々と語られている”美文”である。倉橋といえば『幼稚園真諦』など子供の持つ絶対的尊さを説いて日本の保育史に貢献した第一級の人である。内村鑑三の影響を受け、聖書の幼児観を包含した実践者である事を考えれば、広い意味でキリスト教保育にも関わりのある人である。その倉橋が何故に、との疑念を同学院副学長でありA.L.ハウの研究家でもあった高野勝夫氏にぶつけてみた。
“人間であれ(2002 保育)” の続きを読む教会は生きている − 先にいる者が後になる(2000 神戸教會々報 ・パイプオルガン完成の3ヶ月前・クリスマス)
しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。(マルコ 10:31、新共同訳)
神戸教會々報 No.160 所収、2000年12月24日発行

(健作さん67歳、パイプオルガン工事中、牧師退任まで残り1年3ヶ月)
“教会は生きている − 先にいる者が後になる(2000 神戸教會々報 ・パイプオルガン完成の3ヶ月前・クリスマス)” の続きを読む地震と子供の死(1)《マルコ 10:13-16》(1996 礼拝説教・同志社・震災から1年8ヶ月)
1996.9.10(火)、京都・同志社神学協議会 開会礼拝説教、
冊子「被災地の一隅から」(1996)所収
地の果の胎動 − 頌栄百年に寄せて(1989 神戸教會々報 ㊱)
1989年10月22日発行
「神戸教會々報 No.124」所収
同日礼拝説教「主を待ち望む者」