地震と子供の死 (1)

京都・同志社神学協議会 開会礼拝説教、1996.9.10

冊子「被災地の一隅から」(1996)所収(健作さん63歳)

マルコ 10:13-16


 今日は、「こども」のことをめぐって話させていただきます。

 正直いって私は、こどもは苦手です。みなさまの中には根っから子供と垣根なしで、子供になりきって、子供と一緒に生きておられる方がおられると存じますが、それはきっと与えられた天性で、うらやましいかぎりです。

 この間も夏休みが終わって、幼稚園にいきましたら、てっぺい君という子とばったり出会いました。彼が一生けんめいに書いた「残暑おみまい」のハガキのことを思い出して、「おはがきありがとう」といいますと、「絵がかいてあったでしょう」といって目を輝かして、とびついて来ました。私はしまったと思いましたが、もうあとのまつりです。

「かぶと虫だったかな」

 なんてごまかしましたが、彼の目と心はもう私とはきれてしまいました。

 その絵は、あとで、それとなく聞きますと、メスのくわがたが三匹とたくさんのありとが向きあって、それも中には赤ありがいるんですが、くわがたが包囲して戦っている、すごく緊張した場面なんだそうです。てんとう虫が一匹そんな争いの外で、それを眺めている、という、夏休みの自然の中での彼の心象のスケッチです。

 躍動の一場面を創作して送ってくれたのです。見事、「こどもの世界」の外にたたずんでしまいました。河合隼雄流にいえば「こどもの宇宙」に入り込めなかったのです。

 そんな自分に気がついて、オレは「神の国」から遠いなあー、との実感を新たにしました。


 アガナクテオー(ἀγανακτέω)、というギリシャ語の単語をご存知でしょう。マルコ福音書だけが、幼な子を排除する弟子たちにイエスが「憤った」ことを語るため使ったと伝えられることばです。

「人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り言われた(ιησους ηγανακτησεν)」。

 そしてまたサン=テグジュペリの『星の王子さま』の冒頭の場面、うわばみがぞうをのみこんだ絵をこどもが描きます。大人は帽子だなんていってちょっとも分かってくれないという場面などを思い出しました。

 こどもの存在に対する感性の鈍さは、私のもうそろそろ終盤に近づいている宣教と牧会のとげだという思いを一層強くしています。


 同志社の伝統の中には、こどもに対する感性豊かな働きをした人々がたくさんいます。今日も選びましたこどものさんびか466番などを作詞した三輪源造は、新潟の与板の出身で良寛の影響を受けたことは、竹中正夫著『良寛とキリスト』に記されている通りであります。

 留岡幸助は巣鴨家庭学校を興し、今井新太郎はそのあとを継いでいます。アメリカン・ボードの宣教師A.L.ハウは、日本の幼児教育、キリスト教保育の基礎を作りましたし、神戸では組合教会の人々がその働きを継承してきました。

 組合教会といえば石井十次の働きもその源流の一つでありましょう。時を現代に移せば、知恵おくれの子と共に生きる福井達雨、釜ヶ崎から子供権利条約を説く小柳伸顕(のぶあき)、パレスチナのこどもに思いをよせる村山盛忠、統合保育にかけてきた佐伯幸雄・二神三男の諸氏等々があります。不覚にして私が知らない若い方々がたくさんおられると存じます。絵本の出版とまた自ら作者でもある松居直(ただし)も同志社です。そして、私を含めてここにいる多くの方が、保育所や幼稚園、社会福祉施設に責任を持つものとして、まったなしでこどもの存在に対する感性を絶えず問われているものと存じます。


 そして、このたびの阪神淡路大震災でも、こどもの存在が、地震という自然災害を、弱者が苦しむ人災としての震災にしてしまった、大人の価値観、大人の感性、大人の政治の欺瞞性あるいはむごさを問うている、というのが、私の地震と震災に対する大まかな認識です。一概に大人の価値観と申しましたが、地震を今日に至るまで、深刻な災害人災にしてしまった責任です。

 その意味内容はなかなか伝わらないと存じますが、とにかく、住まいのことだけ考えても家のメドのつかぬ人がいまだ4万世帯もおり、その中の3割の人は、昨年の年収が100万円以下という生活の、どうにもならない現実があります。

 その深刻な人生の底には(行政の無策、戦後民主主義の空洞化と破綻、経済優先主義のゆきづまりなど細かな分析は必要でしょうが)大雑把に言って「こども」対「大人」という図式で考えれば、大人の価値観の閉塞状況があります。

 私は、このたびの地震を経験し、いわゆる「大人」の価値観をもっとも鋭く問うている存在は、地震でなくなった子どもたちではないか、という思いを深く抱いています。


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