掲載誌面のコピーのため、開催日時、集会正式名不明。
日本YMCA同盟 創立90周年 1993年10月集会(未詳)
(神戸教会牧師、健作さん60歳)
マルコによる福音書 6章27〜46節
はじめに
ただ今朗読していただきましたマルコによる福音書のテキストは、いわゆる五千人の群衆に食べ物を与えるという物語であります。ただ、朗読に当たって、ヨハネがヘロデ王に首を切られたという物語の最後の部分を付け加えるかたちでお読みいただきました。一枚の風景画にたとえるならば、まとまった山の遠景に対して近くの樹木か何かを手前の方に描くことで、立体感を持たせるという構図を取ったようなものです。それによって、この福音書のもっている持ち味をより豊かに味わうことができるのではないかと思います。
日本の聖書学会において、マルコ福音書の研究で衝撃的な問題提起をされたのは田川建三氏であります。『原始キリスト教史の一断面』という著作は、マルコが福音書というものをどう理解したかということを鮮明に示しました。1968年のことです。マルコ福音書が書かれた紀元1世紀の半ば過ぎ、すでに原始キリスト教においては、福音理解は普遍的な教義や信条へとまとめられていくという傾向にありました。"乙女マリアより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ……"。こういう使徒信条に見られるような形へと定着しつつあったわけであります。そこではイエスの生きる姿、そのふるまいを含めて細かいところまでを捉えるという、そういう捉え方はなされていませんでした。
たとえば、私たちが手にしているローマ人への手紙の1章2節〜4節には、福音とは何かということがかなりまとまった形で記されています。"福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束されたものであって、御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死人からの復活により、御力をもって神の御子と定められた"と当時の定式化された福音理解が示されています。歴史のイエスに関しては、"肉によればダビデの子"それだけが触れられています。こういう滔々(とうとう)たる流れの中にあって、あえてマルコは、奇跡物語などを含む多くの伝承を丹念に集め、編集をしてイエスの生きる姿そのものを出来事として描き出し、そのイエスの生きる姿全体が福音というものだ、という捉え方をしました。このように語る語り方、つまり「福音書文学の成立」ということは、まったくマルコの独創的なものである、というのが田川氏の指摘しているところであります。
マルコの福音
かつて同志社のために働いたデーヴィスという宣教師がおられます。そのデーヴィスが永眠する三日前に、娘婿のオールズ氏夫妻がデーヴィスの枕元で、何か遺言がありや、と尋ねたところ、デーヴィスは "マイ・ライフ・イズ・マイ・メッセージ"、「我が生涯が遺言である」と答えたという有名な逸話があります。遺言はあるまとまったことを伝えるのではなく、デーヴィスの全生涯が、たとえその一部でも、本当に彼に出会った人は、その遺言に触れたということであります。
それになぞらえて言いますと、マルコ福音書にとっては、1章から16章まで記されているその全体が福音なのです。福音とは要するにこういうことだというまとめ方に、重きを置かなかったわけであります。特に16章7節、最後のところですけれども、空虚な墓でイエスの遺体を捜す女の弟子たちに、天使が言った言葉があります。"イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて、あなたがたに言われたとおり、そこでお会いできるであろう"。ガリラヤのイエスのあの日常こそが、命であり、復活なのだというそういう理解であります。ある感動を呼び起こします。イエスの生きられた姿全体が福音であるということは、それを理念化したり形式化したりしないということであります。それは原始キリスト教の福音理解の普遍化の方向にあらがうことであり、そこに批判をもつことでありました。
その意味では、マルコはキリスト教教義を網羅したような普遍的な福音理解を示してはおりません。私たちの福音理解というものは、どちらかと言えば、原始キリスト教やパウロが普遍化していったものに近いと思われます。少なくとも私などは、そういう道を歩んでしまっていますので、それだけにこの田川氏の問題提起は衝撃的であったと感ずるわけであります。マルコが述べるところは、一つ一つは部分であり断片でしかありません。しかし、その部分性、断片性こそが神の福音を宿している。こういうことでございます。
生きた関係
今日のテキストの中心部に位置する五千人の群衆に食物を与える物語には、それなりのメッセージがあります。それは素晴らしいメッセージです。私はここを読むたびに励ましを与えられています。
たとえば、イエスが群衆の、飼い主のない羊のような有様を見て深く憐れんだという言葉があります。この深く「憐れむ」という動詞で示されているイエスの関わりは、福音書では、らい病の人やてんかんの人、目の見えない人、精神的な病を負う人、群衆に及んでいます。当時の宗教家たちも顧みなかった人たちです。この同じ言葉は、パウロ書簡やその他の後期の文書によりますと、「憐れむ」という動詞ではなく、「憐れみ」という名詞形で用いられています。「憐れみ」は一つの理念になって生きた関係が浮かび上がってきません。「憐れみ」を理解するだけで、「憐れむ」という激しい関わりを現代社会の中で失っている自分をいたく反省させられます。
また、"あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい"という言葉があります。これは口語訳では「あなたがたの手で」と訳されていますが、これに対して弟子たちは"200デナリオンものパンを買ってきて、皆に食べさせるのですか"とこう申します。弟子たちは物事を経済の面でしか考えていませんでした。しかしなお、そういう弟子たちに、「あなたがたが」という責任と指導性を促される、これはイエスからの恵みであります。今日、貧困や飢餓、環境という問題に国際的に取り組まなければいけないのがYMCAの役目でありますけれども、この言葉は大きな促しと励ましと委託を示しております。
このテキストの最後の方でありますけれども、パンの奇跡の物語というものは、初代教会の聖餐式の式文定式を含んでいて、パンはイエス自身の裂かれた体のしるしである。そこには神の祝福によってこそ、分かち合いが成り立つという、宗教的神学的な示唆があります。これはキリスト者であれば、誰でも知っていることであります。しかしこのテキスト全体の底を流れているものを、マルコの研究家は弟子たちの無理解というモチーフで読んでまいります。イエスが群衆を憐れむ、このことが弟子たちには分からない。五つのパンと二匹の魚という持てるもので、あるもので、それを確かに確認をしてこの世と戦い、勝負をするという事柄に心が鈍い。そういう弟子たちの姿、こともあろうにイエスの弟子たちであるという指摘が、このテキストの底にあります。
パンの構図
マルコは、ペテロをはじめ弟子たちが最後にイエスを裏切ることを記しています。そしてその弟子たちにも繰り返し繰り返し、「私に従ってきなさい」と招きの言葉を与えますし、この福音書の最後は逃げていってしまった弟子たち、ペテロに対して、女の弟子にペテロにこう告げなさい、「ガリラヤでお会い出来るであろう」と。弟子は鈍くても、神の福音は前進するという力強さがこの福音書の底には流れています。弟子たちの鈍さの中身は何だったでありましょうか。それは、イエスがその友とした、そして心に留められた貧しい者、病める者、幼子らのことが分からなかったということが一つあります。
もう一つ別の問題、権力の問題があります。ヨハネが獄中でヘロデに首を切られて命を落としたという話であります。この話を私は、パンの話の前に枠組みとして付けて読む、ということが大事だと思っています。権力との関係を見るかぎり、状況は厳しいという思いがします。貧しさの対局には、政治を中心とする悪しき権力の姿がいつもあります。パンの問題を考えるとき、その両極が浮かび上がってきます。この福音書はそういう「構図」を持っているのです。そのような「構図」、パンの奇跡の物語をヨハネの首が切られた物語にくっつけて読むということが、マルコ福音書が示そうとした歴史の枠組みであると思います。
マルコはイエスの生涯とその死を、"長老や祭司長、律法学者たちに捨てられ、また殺され"と、当時の政治権力と深く関係づけております。権力との対峙をできるだけ避けて通るという雰囲気が、キリスト教の歴史にはあります。このときキリスト教自身が権力の構造の中に組み入れられているということがありはしないでしょうか。マルコを読みながらそのことを反省させられます。
私はこのお役目をお引き受けしましてから、神戸YMCAの山口徹総主事にお借りしまして『日本YMCA史』を読ませていただきました。先人たちの並々ならぬ祈りと行動が克明に記されて、頭の下がる思いがしました。ただ一つ、にもかかわらず、あの第二次世界大戦においては、国家や権力の圧力の凄さ、それに呑まれてしまうキリスト教界の姿を深く思わざるを得ませんでした。YMCAも例外ではありません。
私は私の属する日本キリスト教団で戦争責任の問題を覚え、その過ちをどう克服するかを、長年自らの問としてまいりました。ここにも同じ問題がございます。そのように思わざるを得ませんでした。それは福音を歴史における出来事として捉えるとき、その歴史を把握する構図の中に、権力の問題をしっかり入れ込んでいくという、そのことの弱さであると思います。権力に抗するということは、福音との関わりで避けて通ることができない問題だ、というふうにマルコは訴えているのだと思います。マルコ福音書はそれをイエスの生涯とふるまいを描くことで取り入れているのです。そういう視野というか、構図といったものを我々のものとして生きることが、今日YMCAにも求められているのではないでしょうか。
イエスの招き
いずれにしろ、無理解な弟子たちはそのことに気づきませんでした。けれども、無理解な弟子たちにこそ、"私についてきなさい"という招きを繰り返し語っている、そのイエスの姿を描くのがマルコ福音書です。一生懸命に従っていくということは、たいへん大事なことです。私は牧会に出て35年になりますけれども、この何年かは神学校を卒業した若い方を伝道師に迎えて、一緒に仕事を繰り返しております。そのときに、私は牧会とは何かということを説明いたしません。朝起きて教会の前を掃除することや、教会のゴミを出すこと、諸々の印刷物を丁寧に作ること、電話を心して取ること、相手の気持ちになって挨拶をすること、病人を訪ねること、結婚式や葬式を全力を傾けて行うこと、そして何よりも共に礼拝をすること、こういうことを一緒にやって、いろいろなことを分かってもらいたいと思います。後についてきてもらうことで、何かそこから分かって欲しいと思っています。
YMCAのリーダーの方たちも主事の方たちも、Yの運動を進めるときに、若い人たちに「パリ基準」はこうである、「カンパラ原則」はこうである、「日本YMCA綱領」はこうであるという解説から始めるなどはしないでしょう。その行動と実践から、若い人たちがYそのものを体験的に体得していくということを願って、一緒にさまざまなプログラムを作り参加していくものです。教えることは出来ないが、学ぶことは出来るというのが私たちの経験するところであります。そうやって私たちも先人たちからいろいろなこと、大切なことを盗み取ってきたわけです。イエスに対して無理解な弟子たち、この弟子たちへの招きはそのように私たちにも呼び掛けているように思います。"私についてきなさい"、イエスの歴史の後に続くようにと、そう招いているのが福音であります。福音はイエスの後に続く生活を辿ることによって、私たちの生活の細部に宿るものです。
先般神戸で行われました、全国YMCAの総主事会でもお話したのですけれども、少し前、私は大阪の日雇い労働者の町、釜ヶ崎にまいりました。労働者を仲間としてこの問題を一生懸命に負ってきている金井愛明(あいめい)牧師をお訪ねするためでした。金井さんは週1回仕事にあぶれている労働者への炊き出しを行っています。水曜日にするのですけれども、700食位作っています。しかし並ぶ人は1000人位になります。関西の教会や学校がこの呼び掛けに応えて、この業をお米を集めて応援しております。雨の日でした。その日は他の団体の炊き出しの当番の日でありました。その列の傍らで呆然と眺めている私に、金井さんは「こういうことを何とかしなければいけない。何度も行政に交渉するのだけれども行政はあてにならなくてな」と言います。また「キリスト教主義学校の女子学生たちが一握りずつお米を集めてくれるのが、たいへん助かる」。そう言った後で、彼は「おい岩井君、ずーっと並んでいるあっちの先のほうに、イエスが茶碗を持って行列の後ろの方に並んでいるのが見えるか」と言うのです。パンなき人々に埋もれて、一碗の雑炊を求めて主もまたありき。そして主の励ましのもと、心痛める人々の群れもまたありき、ということをしみじみ感じました。パンをめぐる「構図」を見た思いがいたします。
(サイト補足)金井愛明牧師:同志社時代の同級生、釜ヶ崎伝道所牧師、兼西成教会牧師、釜ヶ崎いこい食堂運営、炊き出し活動等々。
YMCAの「パリ基準」には"信仰と生活において彼(イエス・キリスト)の弟子でありたいと願う"とございます。イエスに従う「構図」の枠組みを少し太く、少し広げることができるかどうかが、90年を過ぎていくこれからのYMCA同盟の大きな課題ではないでしょうか。歴史の最も暗い闇の部分に、そこにこそ佇みたもうそのイエスに従う者が、今求められています。"あなたがたが"という招きに応えて前進をしたいと存じます。
お祈りします。
主なる神よ、私たちつたなき者をもお用いください。たゆまずおくせず課題に向かって歩むものとさせてください。主イエスの御名によってお祈りいたします。アーメン。
(岩井健作)




