『ある被差別部落にて』小笠原亮一著(日本基督教団出版局 1976)
1977年2月6日 岩国教会週報
(岩国教会牧師12年目、健作さん43歳)
読了後、広告の表題から実践の押し付けがましさの漂いを一瞬感じていた自分を恥じた。筆者は青森の出身、東大哲学科卒、「とうとう精神病院に入り…私の魂は死んでいました。上洛した母と1ヶ月ほどをあの二階の一室で送りました。その時の母の苦痛を思うとたまらない気持ちになります。…その頃でした。ふと立ち読みした…キルケゴールの『野の百合・空の鳥』の冒頭にあったキリストの言葉をきいたのは」と若き日の苦しみを語る。遂に奥田成孝牧師より受洗。「私が、私自身を、心底から、尊ぶべき人間だと考えるようになったのは、神が私を愛してくださる、ということを信じるようになったからである。神が、一人子を十字架にかけてまで私を愛してくださった、という、その神において私は尊いのである」と生への転換を語る著者は「キリストは彼のためにも、死なれたのである」(ローマ 14:15)と「私の姿勢」の論文で、被差別部落解放運動にかかわる根拠を語っている。在学中からふとしたきっかけで学習を手伝った京都駅東の被差別部落の子供たちに「いよいよお別れか」と言われ、その言葉に「神のさびしさ」を感じて、とうとう卒業後もそこに住みついて十数年、やがて家をそこに買うようになる。仕事の大谷高校の教師としても同和教育に打ち込む。夫人との間に二男一女を与えられた三十代に書き綴った25篇の文章の収録がこの本である。1章は解放運動の中での実践記録と論文。「部落差別における結婚問題」は鋭い視点をもつ。2章は「生徒たち」に語った講話など。「金田君のこと」は胸を打つ。二十年前、知らず差別した在日朝鮮人の子の顔を、今「キリストの十字架を通してしか見ることができない」と自身の罪責を重ね合わせる深さは、同世代にある自分の心をえぐられる思いで読んだ。3章は信仰と文学の随筆。「祈りにささえられる」が光っている。著者の信仰と社会への関わりに教えられると同時に、下からの光で私たちの国と歴史との顛倒(てんとう)のさまを照らし出す書物である。
(1977年2月6日 岩国教会週報 岩井健作)

