父に祈る(1976)

1976年10月10日 岩国教会週報
「先週(世界聖餐日)説教より」エペソ3:14-19

(岩国教会牧師12年、健作さん43歳)

どうか父が…内なる人を強くして下さるように…祈る。(エペソ3:16-19)

 臨終に際して新島襄は「小崎(弘道)君、聖書を読んで下さい」とエペソ人への手紙3章の朗読を求めたと伝記にある。大学の設立という事業半ば、48歳で客舎に倒れた彼が弟子たちと共に聞いた聖書の言葉という文脈に置く時、思い新たな響きがある。

 エペソ人への手紙は1章から3章は信仰の教えを述べている。3章はそれが終わる部分である。「宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか」(ロマ10:14)とある如く、聞く者の側から見れば、「教え」を語る者の存在が不可欠である。だが、語る者の側から見れば、教えたことがそのまま実るのではない。

 「人は心で信じ…口で告白して救われる」(ロマ10:10)。心で信じるという決断と、口で告白するという状況に対する自分のあり方の表明は、教える者の側では「どうか父が…内なる人を強くして下さるように…」と、祈りにおいてしか捉えられない事柄に属している。

 自分を繕うために殻のようにまとっている「外なる人」は自分でも気付かぬほど厚く重く、自分で脱ごうとする努力さえ空しく感じることがある。外なる人から解放されますように、という祈りでなくて、ここで「内なる人を強く」と祈られているところに注目したい。この祈りに支えられて信仰は育っていくであろう。祈るしかないという、いわば「臨終」の状況を思うほどに、自分のたずさわっている問題の深みを見つめてゆきたい。

(1976年10月3日 世界聖餐日説教 岩井健作)


(報告欄より)
 共同の祈り「神学教育のために」
 礼拝後、壮年会、夕礼拝。
 西中国教区第4回部落解放セミナー 10日(日)〜11日(月)於松江。
 幼稚園運動会 11日(月)
 牧師在宅日 12日(火)
 和室家庭会 13日(水)
 祈祷会・聖書研究会 13日(水)


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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