1976年4月25日 岩国教会週報、ルカ24:13-32
「先週(イースター礼拝)説教より」
語り合い論じ合っていると、イエスご自身が近づいてきて、彼らと一緒に歩いて行かれた。(ルカ 24:15)
私たちは、エマオ途上の弟子たちほどにイエスのことを論じ合っているだろうか。彼らは「このいっさいの出来事」「ナザレのイエスのこと」を真剣に論じ合っていた。ほどよい距離で、適当な態度で、イエスについての知識や解釈や教訓を持つことに留まっていないだろうか。さらに、たとえ熱心だとしても、固定した信仰理解に留まってしまって「今日イエスとは誰なのか」という激しい、厳しい問いを投げてしまっているとすれば、エマオ途上の弟子たちにもう一度目を留めねばならない。そういう意味では遠藤周作の『イエスの生涯』の(彼の云う真実としての)キリスト理解に留まるより、荒井献の『イエスとその時代』で論じられている歴史のイエス像が私たちを鋭く問うことに意味を見出す。
先日、信仰のつながりで知り合ったK氏から「復活について分からなくなった」と電話がかかってきて、話し合った。時流に抗して農業に身をかけることで信仰の証を立てようとしているK氏が、出来合いの復活理解に安住できずに揺さぶられざるを得ない困難や課題を抱えながら、なおイエスについて論じ合おうとする姿勢に、心を動かされた。生活全体、足元から考えて自分にとってイエスとはどういう方なのかを求めていく時、たとえ目が遮られてイエスを認めることが出来ないとしても(16節)なお、「傍らを歩む人」が私たちと共に歩まれているのではないか。
(1976年4月18日 復活日礼拝説教 岩井健作)
(報告欄より)
共同の祈り「新任長老及び諸委員のために」
礼拝後、結婚式。夕拝。
壮年会 26日(月)
教会学校教師会 27日(火)
牧師在宅日 27日(水)
祈祷会・聖書研究会 28日(木)
家庭集会 28日(木)
教区幼児施設研修会準備会 28日(木)
5月3日(日)憲法記念日講演会、於岩国教会
主催:岩国キリスト者平和の会
講師:住谷磬(けい)同志社大学文学部社会学科教授
演題:「憲法と福祉 – 堀木訴訟における生存権の問題」


