2026年1月19日 サイト管理者

2025年6月28日の岩井健作牧師記念礼拝に参加して神戸教会のパイプオルガンを初めて聴いた私もこの機会にひと言書いておこうと思い失礼します。
健作さんのテキストを拾い集めてきた私は、健作さん自身はパイプオルガン導入についてあえて多くを語ろうとしなかった印象を持っています。
牧師として健作さんがあえて語らなかった、語り得なかったことは無数にあるはずですが、目に見えないパイプオルガンへの愛情や祈りは格別ではなかったかと想像します。あえて書き残さなかったことの中にこそ、健作さんの本当の牧会の断片が隠れているようにすら思っています。
震災から6年後に完成する神戸教会のパイプオルガンの導入への歩みは、健作さんが震災復興活動に神戸の街をバイクで疾走する日々と並行しています。
オルガン完成から1年後には牧師を退任して後任にバトンタッチをする健作さんにとって、まるで最後の大事業の完成を見届けるかのような節目がパイプオルガンの完成に重なります。
私は初めて神戸教会のパイプオルガン演奏を聴いて、そのやさしい音色に驚きました。門外漢の私が感じたことは個人的な感想に過ぎませんが、震災復興の中でのパイプオルガン導入に向き合う教会の祈り、震災直後の21名の礼拝でも奏楽されたオルガン奏者の想い、震災復興の中でオルガンを設計し工事をされた工房の方々の想い、私には神戸教会のパイプオルガンは震災復興への祈り、被災者や遺族への慰めを想像せずにおれない音色に受け止められました。
どう受け取るかはもちろんオルガンの聴き手の自由であります。震災と切り離しても神戸教会のパイプオルガンの素晴らしさは評価されることでしょう。でも私のようなものには、神戸教会のパイプオルガンはすべて心苦しむ者のための慰めとして響き続けてほしい、そう願わずにおれません。
震災から6年、パイプオルガン完成まで残り3ヶ月(オルガン献金開始から20年)のクリスマスに、健作さんは「教会は生きている − 先にいる者が後になる」とメッセージを語りました。誇ることを戒めつつも、教会にしかできない事業を一つ、震災復興のために成し遂げた教会への使命を示した言葉ではないでしょうか。健作さんの牧師退任まで残り1年3ヶ月の時点でのクリスマスです。
健作さん溢子さんが愛されたパイプオルガンは、25年経った今、神戸教会でやさしく響いています。あの会堂で震災時、人知れず、手を挙げて力を込めて、祈りを重ねておられたのですね。
(サイト管理者 下村優)


