波の輪のように(1992 教会報)

神戸教會々報 No.135 所収、1992.7.12

(神戸教会牧師 健作さん58歳)

 天の父なる神様

「教会史」ができました。5月30日、土曜日の夕方、大阪の創元社から運ばれてきた『近代日本と神戸教会』の一冊を手にした時の感動が忘れられません。滑らかな表紙の手ざわり、手ごたえのある重さ。それはこのわざを育んできた時間の流れが、人と人との出会いが、そして見えざる神の導きが、手の感触の確かさとなった一瞬でした。

 神様、この人なかりせばこの「本」は無かった、と覚えずにはいられない人の顔が次々に浮かんできます。マタイ20章の「ぶどう園の労働者」のイエスのたとえ話のようなドラマがこの本の成り立ちにはあります。各人各人の関わりの物語ぬきでは、この本は語り得ません。数々の隠れた労があります。その細部はあなただけがご存知です。直接編集や作成にたずさわった者も、史料を寄せて「本」への期待と励ましを与えた人たちも、出版に評価を与えている人たちも、そしてこの本の主役「代々の信徒たち」も、さらには読者を含めて、このドラマへの参加者の一人一人が、ゆるぎない確かさで、あなたに覚えられますように。

 神様。事業としての出版が完了した訳ではありませんが、とにかく財政的にも支えられていることを感謝いたします。そうして、出版記念に計画をした諸事業も多くの人の支えと、あなたの導きのもと、豊かに展開することができて感謝です。この事業の担い手の委員会の働きをも含めて、このわざの行く先をこれからも守って下さい。

 神様。これは私たち神戸教会の証しの本です。それは、過去と将来へと二つの方向に延びる証しです。過去に向かって、私たちは先人たちの信仰と生活、教会形成への熱意をどれだけ評価しつつ継承できるかを託されています。会堂の維持・保存・発展をとってみても、それがどんなに本腰を入れて取り組むべき課題なのかを今知らされています。まして、神戸という地域社会への伝道の働きかけを考えると、先達の足跡は大きいものです。この本を通して、その根源にある「福音の前進」の力を汲むことができるように導いて下さい。もう一つは将来への証しです。この本では、近代という限界内での宗教・プロテスタンティズム・教会の克服が暗示されています。それがどのような動きをたどっていくのか、私たちにも定かではありません。しかし様々な示唆がこの本には含まれています。一元的にではなく、多元的な展開を目指す中で、イエスに従って生きる生きる方が、足跡として具体的に、人と人との関わりや、心の内部に、そして歴史そのものとして、刻まれていくために、証しの器として私たちが用いられますように、心からお願いいたします。

 神様。出来てみると、この本の欠けたところが目につきます。ここまで出来たというとき、そこを批判的に越えようと、批判的主体が形成されるのが歴史というものです。そのような局面がこれから展開して、次の「教会史」へのステップがふみ出されますように導いて下さい。小さな誤りはたくさんあります。もし、そのことで傷ついている方たちがいるならば、どうか私たちの営みを、あなたのゆるしのうちに包んで下さるようお願いします。この本をめぐって、人と人との出会いが、あなたの愛ゆえに波の輪のように広がっていくことを切にお願いいたします。

 主イエスの名によって祈ります。

アーメン


『近代日本と神戸教会』(1992 書籍)

あとがき 『近代日本と神戸教会』(1992 書籍)

講演原稿「神戸のキリスト教 ー その光と影
『近代日本と神戸教会』が問うたこと、問えなかったこと」(2006 学会)