あとがき 『近代日本と神戸教会』

『近代日本と神戸教会』所収、1992.4

(神戸教会牧師 健作さん58歳、神戸教会創立118周年)

 神戸教会は1974年(昭和49)創立100周年を迎えた際、「100年史」の編集を企画したが、太平洋戦争下戦災によってほとんどの史料を焼失していることと、「組合教会の朝鮮伝道」などキリスト教の国家や戦争への協力問題を今日の歩みの中でどう考えるか、などの問題があり、中断した形になっていたが、1981年度教会役員会は「教会史研究会」の歩みを発足させ、テーマ「近代日本と神戸教会」を設定して毎月会合をもち、各時代の様相に分け入りつつ、歴史編集の方法論を模索してきた。

 従来多く見られるような紀伝体的叙述の方法をとらず、「史料をして語らしめる」ために、写真と文書を提示し、それらを解説とコラム欄をもって補い、史料による叙述の不十分さはあるにしても、全体に「社会史」的方法をとり入れることとした。社会史は日常の生活の微細な問題をも尊重しつつ歴史に光をあてる方法であり、一定の史観から過去の意義付けをする方法ではない。教会の日常的事象を近代日本の諸事象と関連づけつつ、その活動の意味を、今日のわれわれが考えることができれば、と思う。

 教会員にとっては、ページを繰るごとに、なつかしい人々と、その振るまいが想い起こされて、教会生活や各人の信仰生活のイメージが豊かに広がっていくこととなれば、そしてキリスト教界の方々には、会衆派の伝統をもつ教会への洞察を深めていただければ、望外の幸いである。一般の読者の方たちには、ほんの少数者にすぎないキリスト教の一つの教会を通して、日本の近代とは何なのかを逆に思考する手掛かりとしていただければ、喜びとするところである。さらに、神戸に限りない愛着をもたれる人たちが、この街の歴史を顧みる眼に、もう一つの視座を加えていただければ、この本の労は報われるであろう。しかし、史料の選択というものは、異なる視点からすれば問題を感じられる場合もあるだろう。ご容赦を願うとともに、ご指導を乞う次第である。


 この本の作成には多くの人が関わってきた。
 初期からの教会史研究委員会(○印:歴代委員長)は、○奥田修、○根本一、○(現)千葉利夫、武藤誠、長坂ゆかり、富川美絵、村田晃嗣、森岡千博の諸氏である。初期の資料収集と整理は吉田亨氏(同志社大学人文科学研究所専任研究員)に依頼した。1989年には、「研究会」の許に編集委員会を武藤誠、笠原芳光、中永公子諸氏に岩井健作が加わり構成した。

 武藤誠氏(神戸教会員、関西学院大学名誉教授、日本文化史)は、その幼少からの神戸教会での生活を各時代にわたってなつかしみつつ、「史料に忠実に」と終始変わらないご指導をいただいた。笠原芳光氏(元神戸教会伝道師、前京都精華大学学長、宗教思想史)には、多彩な思想感覚に燃える青春の日々をふりかえりつつ、「研究会」のはじめからの推進役となっていただき、さらに幅広い視野からの論文執筆を願った。中永公子氏(神戸教会員、女性史・キリスト教史研究者)には、1985年より、研究・編集の実務と全体の解説執筆を依頼した。400字百枚余にわたる解説文が歴史を生き生きと描写しているのは同氏の文才によるものである。飯謙、木村良己、菅根信彦、橘秀紀ら伝道師・副牧師諸氏には教務の一端として作業に参加願った。中永氏と共にレイアウト、写真説明の作成に携わった菅根氏の労を多としたい。

 出版にあたって、神戸の初期キリスト教出版とはゆかりの深い創元社社長矢部文治氏がこの仕事を引き受けて下さり、同社谷川豊氏、山口加津代氏は、幾たびも編集委員会に参加し、異例の長期にわたり忍耐強く配慮をもって本の作成をして下さった。その他史料提供をいただいた関係機関も含め、お世話になったこれらの方々に神戸教会役員会を代表して深甚なる謝意を表すものである。

 最後に、史料や記述の表面には現れないが、地味に、身をもって、一つの信仰共同体の肢そのものであった人たちを憶えたい。神は細部に宿り給う、という。イエスもまた名の知られない群衆に兄弟姉妹を見た。その系譜につながるすべての人と見えざる神の導きに感謝を捧げる。

1992年4月

日本基督教団神戸教会 牧師 岩井健作


(参照)波の輪のように 神戸教會々報