三好さんご苦労様でした(2003 出会い)

2003.7.5 掲載誌不明(川和教会代務者 健作さん70歳)

(サイト記)前列左から三人目が三好博さん。左隣は健作さん。神戸教会派遣神学生の期間が一年重なった。健作さんが一年後輩。(中央の三浦好さん記念会。野本真也さん、山下長治郎さん、岩井溢子さん、野本益世さん、藤村洋さん、笠原芳光さんが写っています)

 三好さんは誰もが認めるようにウイットに富んだ人でした。

「今年は国際児童年でしてね」とご子息の健康が思わしくなく、心の荷を負っていることをそんな表現で言っていました。

 次に会ったら「今年は国際婦人年でして」と御夫人の病と共に歩んでおられました。

 とうとう「国際成人年」を背負い込んで、早々とこの世の旅路を抜け出てしまいました。シティーボーイでスマートでソフトな人柄が忘れられません。しかし、事柄には頑固に、信念を通されました。同志社壮図寮、神戸教会での昔のお付き合いから考えると何時から「社会派」になったのか不思議なのですが、決して理念派ではなく、人を温みで包む役目を担われました。リベラルな会衆派のスタイルは、浪花教会の伝統、自由自治の精神とあいまって、私たちが憂いをもつ「長老主義」「政治主義」に傾く「日本基督教団」の中で、貴重な存在でした。若い人達が三好さんの後に続くでしょう。ご苦労様でした。

三好博さんの人柄と運動(2003 出会い)

浪花教会(2003 教会と聖書13)

社会派ということ ー 三好博を偲ぶ(2003 出会い)

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