蘇原教会 岐阜県加茂郡白川町(2006 教会と聖書 ㉚)

「教会と聖書」58号(2006年12月1日発行)所収

(明治学院教会牧師、健作さん73歳)

 蘇原教会の最寄駅は高山本線・白川口駅、濃飛バス教会前。設立は1952年、僕が神学校に入った年だ。

蘇原教会

 蘇原中学の校長、山口寛二氏が土地を捧げ、教会設立の志を持った。

 岐阜の坂祝で農村伝道を始め、拠点を拡げつつあった牧師・岩井文男が兼牧で応援した。神学生だった僕も時々手伝った。

 当時、蘇原中学教師に籍を置いて、開拓伝道の日曜学校や保育園を応援したのが、河井道氏の創設した東京の恵泉女学園の徳田美智子さん、小林溢子(後、岩井姓)だった。

蘇原教会の最寄りの駅、高崎本線 白川口駅。健作さん溢子さん出会いの一枚。

 その後、牧師・松村重雄氏が「農」の視点に立ってユニークな牧会を長年続けた。彼の時代、彼と母教会を同じくする辻宏氏が、廃校になった黒川の中学校校舎を工房としてパイプオルガン制作を始めた。以来、広域合併となった白川町は世界に名高いパイプオルガンの町に変貌した。

2001.3.14完成、神戸教会に設置された辻宏氏設計・制作のパイプオルガン。岩井夫妻とオルガニスト瀬尾千絵さん。

 昨年(2005年12月22日)、惜しくも辻氏は、筋萎縮症との闘いを終え、天に帰った。辻オルガン代表として、事業を受け継いだ夫人・辻紀子さん(翻訳家)の「岐阜サラマンカ・オルガン・ソサエティ」は、追悼コンサートを行い「国境なき医師団」支援をした。世界的オルガニスト、ペーター・ブラニアフスキー氏は白川町の彼の最後の製作品・85号を思いのまま演奏した。2006年11月14日、不思議にも、その席に我々夫婦も居合わせた。

 辻宏氏の葬儀が行われたという、新築の木の会堂(本スケッチ)は山の香りに満ちていた。現牧師は日高伴子さん。

(サイト記)白川口駅から教会まで距離は8.5Km。車なら10数分、徒歩だと2時間の距離。濃飛バスの路線図を調べて見たところ現在「教会前」というバス停はなく、かつてはフリーで降ろしてもらえたのかもしれませんが、現在の路線バスは途中のバス停で折り返しをするようです(折り返しポイントの「マツオカ白川店」で降りてしまうと徒歩で更に1時間かかります)。タクシーも駅前にあるのかどうかも分かりませんので、初めて教会を訪れる際はご注意ください。

(サイト追記)健作さんは1952年から1958年まで同志社大学神学部・大学院と、京都で学生寮生活。文男さんも1952年から同志社大学神学部教員として平日は同志社の学生寮の一室で生活、土日は岐阜に帰って坂祝教会と蘇原教会で牧会。健作さんは文男さんから応援を頼まれた際に神学生として蘇原教会での礼拝奉仕をなさっていたようです。
 京都と岐阜は日帰りで往復できる距離ではなく、不思議に思っていました。
 ちなみに京都駅から白川口駅まで(駅間だけで)現在でも最短3時間半〜5時間かかります。夜に出たら10時間とか……。いわんや60数年前の鉄道、文男さん健作さん(同志社時代、栄養不良とアルバイトのしすぎで脚気になったそうですし)の京都・岐阜生活、凄すぎて想像がつきません。

メソジスト教会 ブラジル(2007 教会と聖書 ㉛)

▶️ 蘇原教会 岐阜県加茂郡白川町(2006 教会と聖書 ㉚)

▶️ 中濃教会(旧坂祝教会)魂の故郷(2006 教会と聖書 ㉘)

▶️ 坂祝は信仰の故郷(2016 中濃”旧坂祝”教会70周年)

▶️ 「戦後の農村へ ー 僕らの村の使徒行伝」三品進(1984 引用)

▶️ 昭和史に生きた痛快な軌道 井上喜雄(1984 書評・引用)

▶️ 十字架の死に向かいあう(2004 中濃教会・礼拝説教)

▶️ 心の中で生き続けている蘇原教会(2013 蘇原教会 創立60周年)

▶️ 岩井文男と賀川豊彦の農民福音学校(2012 賀川豊彦学会)

▶️ オルガン建造の現場に居合わせて 岩井溢子(2001 神戸・蘇原)