種を蒔く(2005 礼拝説教・鎌倉恩寵)

2005.2.20、鎌倉恩寵教会 礼拝説教

2004.3.28 川和教会
2010.8.15、巣鴨ときわ教会
2014.2.2 明治学院教会
2016.3.13、明治学院教会
2016.10.9、東京都民教会

(日本基督教団教師、健作さん71歳)

マルコ 4章1節−9節

 日頃から親しみと敬意を抱いている鎌倉恩寵教会で、今日このような機会を与えられたことを大変光栄に思っています。しかし反面いつになく緊張を覚えています。

 今日選びました聖書のテキストは皆様がよくご存じの、マルコ4章1節以下の「種まきの譬え話」です。私にとっても日頃から自分の信仰の支えを与えられている聖書テキストです。このテキストでは何回も語らせて戴きました。今日はこのテキストを改めて学びたいと思います。

 四つの箇所に目を留めたいと存じます。

 第一は2節です。「イエスは<たとえ>でいろいろ教えられた」とあります。イエスはこのお話しの聞き手が、「譬え」が分かる人だと考えてくださっています。
 第二は7節の終わり「実を結ばなかった」というところです。厳しいことですが、種を蒔いても、失われてしまうという現実があるということです。
 第三は8節の始め「また、ほかの種は」とあるところの「また」という言葉です。失われた種があることも事実だが、また豊かな実りがあることも当然ですよ、種を蒔くのはそこに希望と喜びがあるからでしょう、ということです。
 第四は「種を蒔く人」とは誰かということです。

 さて、最初の「譬えで教えられた」ということですが、「たとえ」というのは物事の伝達方法です。イエスは聞き手、ここではパレスチナの農民ですが、これらの人達を「譬え」が通じる人達だ、とお考えになっていたのです。「たとえ」が通じる人間として扱っているのです。ということは「譬え」が通じない人間がいたということです。このことは後で申し上げます。
「たとえ」は、あることを伝えるのに、相手がよく知っている事柄や経験を媒介にして、相手がまだよく知らないことを伝えようとする、伝達の方法です。説明ではないのです。
 言葉でできる説明を遥かに超えています。イメージを呼び起こすことによる伝達です。
 
 電車のなかで何とはなしに聞いた、小学生の女の子の会話です。
「あなたのとこのお父さんはどんな人?」「うちのパパはね、パンダみたいなの」。そばでなんとなく話しを聞いていた私にまで、その家庭での親子関係、ふんわかとしたお父さんの雰囲気が伝わってきます。

 イエスが<譬え>で語られたということは、聞き手が、イメージを抱き想像力を持つことができるものとして扱ってくださっているということです。と同時に、想像力を呼び覚ましてくださるのです。恐らく農民は自分の農作業からいろいろなことを思い浮かべ、イマジネーションを温めながら聞いていたと思われます。想像力というのはとても大事です。

 三木清(哲学者)は、『人生論ノート』の「利己主義について」という項目で、「利己主義が非情に思われるには、彼に愛情とか同情とかがないためであるよりも、彼に想像力がないためである」(『人生論ノート』三木清、新潮文庫 p.89)と言っています。

 私なども想像力が乏しいためにいつも失敗をしています。「あなたは後の人の事を考えないからダメなのよ、自分の事だけを考えているでしょう」などと連れ合いに叱られています。

 イエスの時代、ユダヤの国の宗教と政治の実権を握っていた指導者たち、パリサイ派の学者たちは、律法を教え、律法を守らせる事で「神」の事を教えようとしていたのです。しかし、律法のことはよく知っていても、想像力はどうだったでしょうか。律法が守れなかった貧しい「地の民」といわれる人や罪人といわれた遊女の気持ちを想像することが出来たでしょうか。神を知るためには「律法を守る」以外にないと考えられていました。それに対してイエスは相手の苦しみや経験に寄り添う様に、神のことを<たとえ>で語ったのです。

「麦の種蒔き」は農民の生活経験そのものでした。きっとつらいつらいことが多かったと思います。でもイエスのお話を聞いているうちに、生かされている事の喜びや自由を味わったのだと思います。

 この事は、よく考えてみると、種蒔きの経験のある人には、イエスの語った「神の国」の事は喜びや自由としてイメージで伝わったのです。

 しかし、政治や宗教の中心であった都市、エルサレムにいた律法学者には、喜びや自由のイメージは浮かばなかったでしょう。律法学者は、律法には精通していても、きっと種を蒔くことなどした事がなかったと思います。その意味ではこの譬えを語られたという事は律法学者への批判を暗に含んでいます。

 私はこの「種蒔き」の譬えを読むと、少年時代を思い起こします。私の父は太平洋戦争後、1人の農民の信徒の信仰の熱意よって動かされて、岐阜県の田舎で、農村・開拓・自給伝道の生活をしていました。必然的に牧師家族はその農村の生活経験を共にすることになります。戦後直後という時代の厳しさもあり、開拓自給と言うこともあって、つらいことも多くありました。

 しかし、それ以上に、自然の中で農作物を作り、家畜を飼うという生活がもたらした豊かさは、私のものの考え方、聖書の理解の仕方、社会の見方などに決定的な影響をもたらしました。

 その当時、その地方の、畑作農家(つまり田圃を持たずに、開拓された畑だけで、生計を立てていた農民)は、表作、春から夏はサツマ芋、裏作、秋から冬は、小麦・大麦を作っていました。

 私は、麦を作る事で想像力を豊かに持つ事を養われました。種の持つ生命力、成長する力、収穫の豊かさ、など、自然がはぐくむ感性を養われました。

 それは、麦まきをする時の、種麦のふっくらとした感触や、種を蒔く時の自分の手の感触の不思議さ。凍て付いた冬の麦畑で、寒風に晒されて麦踏みをする時の、根を張る麦の逞しさ、そうして春、麦秋の季節、黄色く、実った麦の穂からこぼれる様な麦の香りと口に入れた時の甘み、粉にした時、うどんやパンになった時の粘りや豊饒な味。それらは、忘れることのできない豊かな感性として与えられたものでした。これは、私の人生に神からの「所与の恵み」だと思っています。「神の国」とはそのような豊かさそのものなのです。

 そのような農村の教会の生活の中で中学3年の時に「伝道者になろう」「牧師」になろうとの志を与えられました。これは理屈ではなくて、不思議な招きだったと覚えます。

 さて第二、その次は4節から7節のお話です。結論的に「実を結ばなかった」ということです。ここは重い現実の話です。不条理の話です。

 4節から7節のお話は当時の農民が半ばあきらめのような経験として持っていたことだと思います。パレスチナの麦作りには、二通りあるそうです。畝を作って撒くというのが冬の方法だそうです。夏はバラ撒きだそうです。ここのお話は、夏撒きのお話です。種が道端に落ちたり、石だらけの土の少ない所に落ちたり、茨の中に落ちたりするのは避けがたい経験でした。農民にはこの他つらいことはたくさんあったと思います。「実を結ばない」という経験は彼らには仕事や人生への重圧感のようなものです。農業であればお天気が収穫に作用しますから、不作の経験はある場合には絶望感を味わせたでしょう。

 これは、どの仕事もそうですし、人生にはつきものです。皆様もきっと、生きるという事に付きまとう重さ、世の中ということへの絶望感のようなものを抱かれた事はきっとおありだと存じます。

 私も少年時代の農作業に重い気持ちを散々味わいました。春から秋の表作はサツマ芋でした。手伝わないと食べてゆけないことは分かっていましたから、黙々と夏の草取りをするのですが、これは尋常な事ではありません。いつ果てるともない作業です。それをしないと芋はとれないのです。これには何か絶望的なものを感じました。町の中産のサラリーマンの子は、農業の忙しい時の農繁休暇を勉強に使えますが、農家の子はそうはいかないのです。家内労働で生計が成り立っているのです。労働と手間(その頃日当は130円 −これは工業生産を基準としたものだから、農業には割が合わない)に対して如何に価格が安いかを身をもって知らされました。苦労した芋は澱粉工場に運んで一貫目(3.75kg) 15円の値段にしかなりません。「沖縄1号」という品種を作っていました。収量が多いからです。澱粉だけで食用ではありませんでした。沖縄というところは貧しいところなのだな、とおぼろげに感じました。それは、私が、貧しい者と富める者ができてしまう、社会や経済の仕組みや構造を学ぶきっかけになりました。経済の二重構造などということを学びました。しかし教えてくれた高校の教師はレッドパージで「赤」だということで、学校を追われました。なるほど社会はこうなっているのかと知りました。それは社会とか人間、政治、経済、文化に対する暗い気持ちを抱かせました。私が社会的な関心が強いのはその当時からです。

 絶望感が他人のこと社会のことであるうちはよいのですが、牧師になって十年ほど立って、本当には人の魂に関わる自分が如何にダメであり、たくさんの人を傷つけ、その失敗を他人に負わせているかに気が付き始めると、人に負わせた傷が身にまとわりつくように感じました。

「罪の値は死なり」というパウロの言葉が身に沁みて身動きがとれなくなってしまいました。しかし自分だけが罪から救われてしまってよいという信仰には留まれませんでした。歴史の不条理に繋がる出来事、つまり人間存在の全体の罪、社会や政治や経済のゆがみが罪を抱えていると思うと、自分の責任ではないのにとても重い気持ちにならざるを得ません。さらに戦争、貧困、抑圧、差別などを含めて、それを防げない自分の負い目を感じてしまいました。原罪(オリジナルシン)という事柄がとても気になりました。それは止めどなく重いものでした。「実を結ばなかった」という言葉がそれと重なり、重くのし掛かりました。今もその気持ちに変わりはありません。努力すれば社会がよくなるなるなどという楽天的な気持ちはいささかも持っていません。これは常に忘れることなく抱えています。

 生活の思想の原体験に「サツマ芋」を見ると、そこでは人間や社会の不条理を背負い込むような気がします。神学校を卒業して最初の教会は広島でした。原爆のことを初めて知りました。ベトナム戦争を米軍基地の町・岩国の教会で体験しました。戦争の事を少し学んでみると、人類の罪の重さを感じました。

「実を結ばなかった種」のイメージは限り無く重く広がります。

 さて、第三の三つ目のことですが、8節の「また」という言葉です。
この「また」という言葉、英語では”And”です。「そして」と実を結ばない種に続いているのです。「実を結ばない種があった」。

 普通それに続けると「けれども」とか「しかし」という理解をします。「実を結ばない」現実はある。しかし「実を結んでいるんだ」。

 実は私が神学校で教えられた神学は、当時「しかし」の神学でした。「だか、しかし」「にもかかわらず」の神学でした。この世は闇である、人の世は罪に満ちている、だがしかし神の救いの出来事が世に切り込んできた。そのことを信ぜよ。救いが実現しているのだ、というものでした。そのように救いを受け取る喜びを私は自分自身身に受けていました。

 けれども、そのような理解には盲点があるようにある時から感じ始めました。この話は午後の機会にします。

 それは、「にもかかわらず」という受け取り方をすると、「失われた種」の重さが、すーっと抜け落ちてしまうのです。歴史の不条理と感じていた先の重い現実が消し飛んでしまうのです。

 この譬えでは、そうでではないのです。「そして」という「連辞」で結ばれているのです。実を結んでいないということも本当なのです。そして、実を結んでいるということも本当なのです。よく私達は、失敗があった、けれどもそれを超えて実を結んだという理解をします。ここではそうではないのです。実を結ぶことが、実を結ばないことを凌駕するのではないのです。

 30倍、60倍、100倍というのは少し誇張です。これは旧約聖書の創世記26章12節の「イサクがその土地に穀物の種を蒔くとその年のうちに百倍の収穫があった」という表現を受け継いで、神様が祝福されたということを言っているのだそうです。実際は7.5倍位の収穫なのです。収穫の喜びがあります。この<たとえ>は、実を結ばない重い現実も本当だ、実を結ぶことも本当だという二つの現実を語っています。現実の二重性を語っています。実を結ばないことも事実はある。そして、実を結ぶことも事実である。

 歴史の不条理と生かされている不思議さが同居しているのです。

 今放映されている「わかば」というNHKの「朝ドラ」があります。いろいろな人物が登場します。若葉のは母方の祖母は「人間生きているだけで、まるもうけ」という人間肯定論を語ります。それに対して父方の祖父は阪神大震災の時の息子の死に深い罪責感を持っています。その軽さと重さがドラマの厚みを支えています。

 かつて、文学者の椎名燐蔵三は聖書を読んで「復活」の理解を語りました。彼は「生きていることも本当だ、死んでいることも本当だ」と表現しました。彼はその不可思議さにユーモアをみました。そこには生と死の二重性とでもいう把握があります。

 死をいわゆる「復活の命」で克服してしまうと、死の現実の連続である不条理の歴史から浮き足立った理解になってしまいます。多くの宗教者が「信じれば救われる」と言って、歴史の不条理と向き合うことを素通りしてしまいます。しかし、この譬えを聴いていた農民は、実を結ぶ楽天性に共感しつつ、実を結ばない種の不条理を包みつつ聴いていたのではないでしょうか。そしてこのお話から、きっと大きな励ましを与えられたと思います。

 個人でも、教会でも、歴史に生きることは、みなとてもつらいことを含んでいます。私達はそのつらいことを克服して生きるのではないのです。厳しさを抱えております。歴史の中を歩む教会は、それぞれにつらいことを背負って立っています。同時に「そして」と語られているように、それと平行して豊かな実りを神から賜わっています。教会はその不可思議さに満ちた場であります。 

 第四番目、最後に、このお話の語り出しの一句3節を読んで終わります。

 よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。(マルコ 4:3、新共同訳)

 ここを最後に読むことで、このお話が将来への展望を与えます。

「種を蒔く人」。皆さんは、誰をイメージなさいますか。

 私は、イエスご自身をイメージします。そうして私も「種を蒔く」人でありたいとの祈りを抱きます。どうか皆様も、そのようなイメージを抱いてください。

祈ります。

 私たちの父なる神様。今日は鎌倉恩寵教会のみなさんと聖書の言葉を学ぶことができて感謝致します。私達の抱えている人生や、世の中のことは大変重いことが多くあります。時代の中での証しを抱えている教会も大きな使命を負っています。荒井牧師と教会の枝につらなる兄弟姉妹を励まし恩寵教会の歩みに祝福をお与えください。主イエスの名によって祈ります。アーメン。

礼拝説教インデックスに戻る

午後のお話し『歴史に生きる教会』− 教団「戦争責任告白」をめぐって(2005 鎌倉恩寵)