深き淵の底から、主よ、あなたを呼びます(1)

深き淵の底から、主よ、あなたを呼びます(1)

2005年2月27日 小平学園教会礼拝説教
2005年版『地の基震い動く時』所収

詩編130編1節–8節

 今日は詩編130編を読ませていただきました。中学1年13歳で洗礼を受け、以来59年経つのですが、私の信仰の歩みの中で、この詩編に絶えず自分の落ち込みを支えられてきました。そんな証を今日はさせていただきたいと思っています。
 私がこの130編に初めて出会ったのは、中学3年、15歳の時でした。太平洋戦争が終わって、世の中が生活の貧しさと精神の荒廃に沈みきっている時代でした。私の父は牧師でした。父は戦後、不思議な導きで岐阜県の農村で開拓・自給伝道に携わることになりました(坂祝教会:現中濃教会 /「岩井文男と賀川豊彦の農民福音学校」)。
 畑を耕しての生活の維持ですから、当然家族は農業生活の仕事に巻き込まれざるを得ませんでした。しかし、サツマ芋作り、麦作りした生活経験は、その後の私の人生にはかけがえのない恵みの出来事となりました。
 当時は日本中で餓死者が出ると言われていて、戦勝国アメリカからの食糧援助で生き延びられたという時代でありました。しかし、占領国の政策とは別に、アメリカの教会から日本の教会へは、戦争の罪の償いも含めて、会堂再建などに多くのものが捧げられました。

 その頃、アメリカの教会から日本の農村伝道を支援するために、ヤギが送られてきました。私の父の教会にも、ヤギが5頭送られてきました。家ではすでに家畜として、うさぎ、鶏などを飼育していて、それぞれ子どもの担当でした。ヤギの世話をするのが中学生の私になりました。朝学校に行く前に、付近の草地で青草を刈り取って、ヤギに朝の餌を与えることと、ヤギの乳を搾るのが仕事でした。ヤギ乳は家族の栄養源でもあり、また牛乳のように殺菌をしないでも飲めますから、近所で買ってもらって、学費の一部にすることができました。学校から帰ると夕方の餌をやり、小屋の掃除をします。昼間の間はよくヤギに首輪をつけ、紐をつけて野原に鉄棒を立てて、そこに繋いでおくと紐の長さの範囲で運動もし、草も食べます。

 その日も、いつものようにして登校しました。学校から帰ると、父が「健作、ヤギが死んだぞ」と言うのです。すでにヤギは家に運ばれていました。かすかに温かさが残っていました。繋いだ草むらの動ける範囲のところに土手の斜面があり、その急なところでヤギは足を滑らせて、首を吊って死んでしまったのです。ずいぶん苦しかっただろうと思うと、本当に涙が出て仕方がありませんでした。他の人から責められるまでもなく、自分の過ちを感じて滅入りました。
 父は、死んでしまったものは仕方がない、解体して、その肉をいただいて食料にしようと、その作業にかかりました。お前も手伝え、と誘われ、生まれて初めてヤギの解体に涙で加わりました。私は、自分の不注意でこういうことになったことが悔やまれて仕方がありませんでした。ヤギの命を奪ってしまったことは、重い罪の意識になって残りました。償えない罪として残りました。もちろん父は、過ちは赦しを乞うことで赦される、神には赦しがあると語ってくれました。ヤギは命を提供しているのだ、生命の循環として食用にすることは赦されているとも語ってくれましたが、それが過失を忘れさせるものではありませんでした。
 肉は塩漬けにして燻製にしました。タンバク質の少ない当時ですから、食卓の度にその燻製は出ました。「これは私の体である」などと聞き慣れた聖書の言葉がふと蘇って、辛い日々でした。それに、アメリカの教会の人たちの好意を自分の不注意で無にしたという罪責感も重なりました。それらの罪責感は重く心に残りました。

 そんな時に詩編130編を思い出しました。もちろん礼拝の交読文で繰り返していますから、この詩編は親しみのあるものの一つでした。しかし、罪責の思いに打ちひしがれていることで、改めて出会いました。

 「主よ、あなたが罪を全て心に留められるなら、主よ、誰が耐え得ましょう。しかし、赦しはあなたの元にあり、人はあなたを畏れ敬うのです」という3節、4節です。ヤギは犠牲になり、しかも食料になって私たちを養ってくれる。私は自分の過失を神様から赦されて、ヤギが与えてくれる命を生きなければならない、と思うことによって、罪責の思いがなくなったわけではありませんが、そこから少し自由にされました。今までより一生懸命、残ったヤギの世話をすることで、だんだんと心の落ち着きを得ました。

 その時、聖書を真剣に読んだおかげで、私はこの詩篇の読み方を身につけました。それは、一つは、この詩篇は途中で区切らないで、一気に終わりまで読み通すことでした。一気に読み通すことで、慰めを与えられたという経験です。もう一つは、繰り返し繰り返し何回も読んだということです。その当時はうまく言えませんでしたが、その後牧師になって、聖書を勉強する必要から少しは学んで、あの当時のことを整理することができました。
 いろいろな注解書も読み、たくさんの意見も聴きました。例えば、この詩篇で重要なのは、主語の転換であると言っている学者がいます。初めは「私」が主語です。私が叫ぶ、私は嘆き祈る、人は(つまり私)はあなたを畏れ敬う、私は待ち望む、私がみ言葉を待ち望む、といったように、ずーっと「私」が主語です。ところが、この詩の8節は「主は、イスラエル(つまり罪の民)をすべての罪から贖ってくださる」と、「ヤーウェ、主」が主語になる、と指摘しています。

身の置き所の重層性

 この詩の表題に「都に上る歌」とありますが、これは巡礼の歌です。巡礼とは何か、と言えば、それは「主語と目的語との関係の転換」です。自分が主語だった神関係が、神が主語になる神関係に置き換えられることです。

 今でもそうですが、私たちは礼拝を守ります。自分中心の生き方が相対化されるのが礼拝です。価値の転換でもあります。自分だけの生き方が、イエスが一緒に歩んでくださる生活へと変えられることです。巡礼は、現代流に言えば、礼拝への参加と日常生活の繰り返し、に喩えられます。
 私が中学生のとき、切羽詰まった思いから、この詩篇を一気に、何回も何回も読むことを学んだということは、今の表現で言えば、自分の身の置き所の重層性ということだと思っています。

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