『自分を愛するように – 「生活の座」から、み言に聞く』
李仁夏(イ・インハ)著(日本基督教団出版局 1991)
「本のひろば」42号 1992年1月号掲載(キリスト教文書センター)
(神戸教会牧師、健作さん58歳)
自分を語るということは、いつの場合にもいささかの羞恥をともなう。しかしまた、自分を語ることなくしては語り得ないものが、歴史の宗教としてのキリスト教の生きた姿でもある。
著者はかつて『寄留の民の叫び』(1979)、『明日に生きる寄留の民』(1987)の前二冊を通して、在日大韓基督教会の宣教の使命を、そのアイデンティティを切り結びつつ、著者の「生活の座」から内と外に向けて問題提起をした。そこには出エジプト記の中の「寄留の民」の存在の神学的根拠に重ね合わせて、厳しい抑留の地日本の文化的・社会的・政治的風土の中で、被抑圧の少数者の叫びが、日本のキリスト教会の非歴史的体質を激しく撃つものがあった。その前二著とこのたびの第三者との違いは、自分を語るということへのさらに深い踏み込みであろう。著者は個人史を語り始めている。
「私が生まれた時、朝鮮は日本の植民地支配の下にあり、私の世代は皇民化の同化教育をうけ……朝鮮人として生まれたことがいけないような劣等意識にさいなまされました……日本に留学します。……そこでも民族的偏見と差別を経験し……そういうことから逃れようとうんと勉強し……彼らよりもできるという優越意識は、実は劣等意識の裏返しであり、自己屈折はとどまることを知りませんでした。そうした、悶々とする日々を送っていた時に、和田正と言う恩師の優しさを通して、聖書を学び、ついに、イエス・キリストの人格にふれたのです。……日本基督教団京都西田町教会の中西貞雄牧師から洗礼を受け……自己回復の糸口を発見するのです。……私はありのままの朝鮮人であっていいのだ」(『自分を愛するように』李仁夏 p.39)
この原体験は、この書物の中で、あたかも聖書の民族が出エジプトの出来事を歴史の節々で反芻して語るように、7回も語られる。目をしょぼしょぼさせながら、「和田先生」には特別に敬語を使い、胸に手をあてて、いささかの羞恥を交えつつ語る著者の姿に身近に接した筆者には、活字の間からその感動が幾たびも伝わってくる。
神学的に言えば「福音による自己受容」「先行する神の恵みによって、受け入れらていることを受容する信仰において成立する自己受容」を説く書物は多い。しかし、この書はそういった意味での入門書ではない。「自分を愛する」という自己受容を、「生活の座」としての在日韓国・朝鮮人及びそのまた少数者としての「在日」キリスト者に置く。そこからキルケゴールがいう「自己を愛すること」と「隣人を愛すること」は同義語であるとの理解に立って「隣人としての日本人」に語らんとしている。近代主義に埋没した日本人は、福音による個の確立までは、同じ理解にありながら、「隣人を愛する」ことでは著者の立場とは表裏にある。このことを理解するか否かは、この書の隠された深みへの接近を左右する。
さて、本書の構成の1は、「信徒の友」1990年4月から1991年3月に連載された珠玉の説教12篇、2は「解放と和解の福音に生きる」と題して既発表の論文6篇。「在日」の置かれた状況からのみ見える、日本の国家的犯罪とそれに同化する日本人の心性、日本のキリスト者の加担を歴史的に批判しつつ、今日の宣教論、礼拝論を積極的に展開する。このあたり、「日本の」キリスト者や教会は、教会生活や信仰生活がその非歴史性を脱するためにも、信仰の足腰を養われるためにも、熟読して学んでよい好論文である。3は「キリスト者として歴史に生きる」と題し、著者を代表者として現在進められている「在日の戦後補償を求める会」の運動を中心に、抜き差しならない人権の戦いこそが、多元文化の積極的受容政策とはほど遠い隣人日本への貢献であると、愛は歴史をつくるという著者の厳しく優しい展望が語られる。
書き下ろしの「日本はどう変わろうとするのか」には、在日50年、川崎教会での牧会30年余を省みつつ、創世記のヨブが兄弟たちに神の摂理のみ手を告白したことと重なってくるという著者の感慨がにじむ。円熟の牧会者がなお、峻厳で全体的な宣教にひたぶる姿が、胸を打つ。
あえて一つだけ失礼をも省みず感想を述べさせていただくなら、神学的骨格が確かであるだけに、近時の聖書学からのテキストへのアプローチもあればと思う。例えばエペソ人への手紙2章「和解の平和」が、初期カトリシズム成立時には「異端」を切ることとの表裏であったことなど考えると、聖書を「思想の言葉」へと繋げる課題をせばめてしまうのではないか、という気もする。
いずれにせよ、日本のキリスト者の座右の書としたい本である。
(岩井健作)

