講演「平和への熱意−今、私たちにできること−」(2010、矯風会)

2010.10.14 矯風会 神奈川部会講演会

(健作さん77歳、明治学院教会牧師)

 平和には二つあります。三角(以下△)で象徴される力の秩序としての平和です。核兵器を含む圧倒的軍事力による今のアメリカ支配の「平和」です。もう一つは、丸(以下○)で象徴される、お互い持ちつ持たれつの対等な関係を作りだしてゆくプロセスとしての平和です。例えば国際連合。日本国憲法の前文や9条の目指す平和、その外交です。

 イエスは「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすためにきたのだ」(マタイ10:34、ルカ 12:51)で前者(△)を、「平和を実現する人々は、幸いである。その人は神の子とよばれる」(マタイ 5:9)で後者(○)を言い表しました。

 ○と△との異なる平和、「秩序と運動」の激突の場が沖縄です。「普天間飛行場の『移設』と辺野古」を△と○の思考で考えると問題は明確です。「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会」の9万人行動(4/25)や、名護市長選(1/24)、名護市議選(9/12)は○を戦い取った運動です。これは沖縄の意志が、政府は「安保を見直し」アメリカと対等な外交をやれとのことであり、同時に「本土」の人間は「沖縄差別」を止めよとの問題提起であるのです。

 ところが「5・28日米共同声明」(配付資料)は、その意志を全く無視して、「代替え施設の辺野古設置」「自衛隊との共同使用」「自治体との意思疎通」など沖縄の基地強化を鮮明に打ち出したのです。「新たな屈辱の日」だと稲嶺名護市長が叫びました。新「防衛計画への大綱」(防衛省)では「尖閣や与那国に自衛隊投入」「米国製無人偵察機3機導入(一機41億5000万円)」「陸自13000人増強」「武器輸出三原則見直し」の策定を打ちだしました。そもそも「独立国に外国軍隊が長期間にわたり駐留し続けることは不自然な事だ」という常識を持って日米関係を見直す世論を起こすことで、これに対抗しなければならないのです(参考:寺島実郎氏『世界』2010/2月号論文)。

 △構造の日米軍事同盟を、○構造の日米対等の友好条約の方向に転換する努力です。

 今「安保」へのコントロールとしてマスメディアは機能していません。「革新政党・労働組合」も衰退しています。市民運動が大事です。例えば「9条の会」の全国7500以上(70歳代が中心メンバー)の活動や、「改憲阻止」「憲法実現」「意見広告の会」、自衛隊のイラク活動に名古屋高裁で違憲判決を勝ち取った裁判運動など、そしてメルマガ・ジャーナリズムやマイクロ運動誌などです。

 米軍基地存在の根拠としての「日米安全保障条約」の歴史的経緯とその実態、それを真っ向から否定する「日本国憲法」への学びを怠ってはなりません。

 1951年9月8日、首相吉田茂はサンフランシスコ講和条約と同時に冷戦下、米国占領軍の駐留を継続するため、同じ日に吉田一人で署名調印したのが「安保」です。その旧安保は「全土基地方式」の軍事同盟でした。60年には、基地犯罪に対して日本側に刑事裁判権がないなどの屈辱的な「日米地位協定の締結」を含めて「安保」継続が強行されました。その後「共同声明」「国内法の制定」などで実質強化を計り、70年以降、米国の核ミサイル防衛の下請を担い「第3次安保」と言われました。1990年、湾岸戦争時は米軍が日本から出撃。1997年、新ガイドライン関連3法、1999年、周辺事態法を制定し、極東の範囲をグローバルに拡大し、米国の世界的軍事政策に奴隷のごとく従属するまでに至ったのが現在の「日米安保」の実態です。

 米軍の駐留経費の70%は日本側の負担で、法定契約の約3000億円以外に「思いやり予算」と称して2010年度で1861億円(防衛省発表)を負担しています。このような△の平和が「沖縄差別」を先鋭化させています。我々はそのような△の「平和」に埋没してはならないのです。○を「作り出す」生き方、行動、運動を自覚的に自分に引き寄せてゆく在り方をして行きましょう。

 △から○へは「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ちなおして鎌とする」(ミカ4:3)の思想と生き方を実践することです。神奈川では座間、厚木、横須賀の基地に向き合う戦いが大事です。他方、○を目指すあり方は、運動をイデオロギー化しないで、そこに本当の○構造の人間の共同性を作り出してゆく在り方で、ここは真の「教会の共同性」と重なるのです。

たとえ「九条の葬式」に居合わせようとも