なんという空しさ ー 無名人であること(2010 コヘレト ②)

2010.10.13、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「現代社会に生きる聖書の言葉」第2回、「旧約聖書コヘレトの言葉から」②

(明治学院教会牧師 健作さん77歳)

コヘレトの言葉 1章2−11節

1.コヘレトの言葉が残された歴史的背景は、歴史家の傍証から推測する以外にない。

 聖書の舞台、パレスチナ(古代オリエントの交通の要路)には、人々をして本当に「空しい」と言わしめた時代があった。歴史家の想像では紀元前301年から紀元前198年頃のプトレマイオス王朝(エジプト中心)とセレウコス王朝(シリア)が、この地の覇権を争った時代である。

 5回の戦争があり、流血、戦費調達の重い年貢、社会的不平等、貧困、権力内の腐敗が進んだ。
「一代過ぎればまた一代が起こり、永遠に耐えるのは大地。」(4)
「風はただ巡りつつ、吹き続ける」(6)
「かつて起こったことは、これからも起こり、太陽の下、新しいものは何ひとつない」(9)
「太陽の下」はプトレマイオス朝の、「風」はセレウコス朝の暗示。

2.釈義。
① 「空の空−コヘレトは言う−空の空、すべては空しい」へブル語では繰り返しは強調の意味。
②「空」は47回この書物で用いられている。「空気の中で消えてしまうもの」。風、霧、もや、霞を表す。
③ 実体性を欠き、現象は常に変化する、その「無常」の現実、あえて「ふさわしく」対応すべきである。“「般若心経」の「色即是空。空即是色」の意味である”と旧約学者は言う(木田献一『コヘレトの言葉』)。
④「太陽の下、人は労苦するが、すべての労苦も何(イトゥローン)になろう。」(3)
 イトゥローン(利益、利潤、収益 1:3、2:11、3:9、5:8、5:15)商業用語10回。
 農民の税金の高さ。生産者が借金にあえぐ現実がある。
 しかし、経済的価値を徹底して相対化する強烈な現実認識。
⑤ 自然に再生を見ない。「地、太陽、空気、火」の四大要素のギリシャ哲学の否定。
⑥「語りつくすこともできず」(8)
 言葉の創造性の否定。
⑦「その後の世にはだれも心に留めはしまい」(11)
 記憶の否定。権力者の名は記憶に残らない。

3.この「空」を現実認識として知った上で、その「空」の現実を、なお書き留め、言葉化する「主体」とは何か。

 だれかが読んで、それを自分の生き方の糧とすることに深い希望と信頼を密かに持ってることではないか。この無名の主体の生き方を読み取ることが「コヘレトの言葉」を読むことであろう。そこには「無名性」が備わっている。事実「コヘレト」は「集会で語る者」の意味であって名は隠されている。「名は天に」(ルカ10:20)。

「無名性が備わっている人というものは、私はほんとうの人間だと思うんですよ。無名性とは何かというと、自己否定、権威や権力を求めないことだと思う」(笠原芳光『イエスとはなにか』春秋社 2005/5、p.265)。

 その無名性を拾いだしてみる作業を私たちはどれだけやっているだろう。

4.1997年春、娘・彩花さん(当時10歳)を「中学生による神戸連続殺傷事件」で失った母親・山下京子さんの言葉。

「私は、娘の死を通じて何倍も深い人生を知ることができたと思います。人間というものの、命の奥深さを教えてくれたのは、『事件』から逝去までの娘の一週間の姿でした。私は娘から、その人生を生き抜いていく思想を教えてもらいました。人間は、どんな絶望をも希望に変えていく力を持っています。どんな悲しみをも、人生の価値に変えていく力を持っています。永遠に前へ前へと進んで『生きる力』を持っています。」(山下京子『彩花へ−「生きる力」をありがとう』河出文庫、p.4)

 一人の、平凡な母親が、現代のどん底の「空しさ」の中で発した言葉としては驚異である。

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