三つよりの糸は切れにくい − 反貧困(2010 コヘレト ①)

2010.10.6、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「現代社会に生きる聖書の言葉」第1回、「旧約聖書コヘレトの言葉から」①

(明治学院教会牧師 健作さん77歳)

コヘレトの言葉 4章1−12節 

1.私たちの社会は、いとも不思議な眼鏡を生み出し、経済的な上位にある者の目には貧しい人の姿はほとんど映らない仕組みになっている。

 そうして「何やってるんだ」と自己責任論がぶち上げられる。

 しかし、貧困状態から立ち上がるためには“溜め”がないと立ち上がれない。“溜め”は溜め池の“溜め”で池が大きければ少々の日照りでも持ちこたえられる。あらゆる意味での貧困に対処する潜在能力である。それは金銭に限らない、頼れる家族、親族、友人は人間関係のネットワークの“溜め”である(『反貧困 −「すべり台社会」からの脱出』湯浅誠、岩波新書 2008.4)。

 そんな文脈で読むと聖書の言葉「三つよりの糸は切れにくい」(コヘレト4:12)は生きた言葉として響く。

2.旧約聖書の「コヘレトの言葉」は「集会の司会者の話」を意味する。聖書の地パレスチナで紀元前250年頃かかれた。旧約聖書の中でも「神の言葉」を矢面に述べる「律法」や「預言書」とは少し違った持ち味の書物で、聖書の中に入れられたのが不思議な文書でもある。

 今日の箇所に「改めて太陽の下に」(コヘレト4:1、4:7)とあるが、コヘレトを1章の初めから読んでくると「太陽の下に」がここまででも9回出てくる(コヘレト1:3、1:9、1:14、2:11、2:17、2:19、2:20、2:21、3:16)。これはプトレマイオス王朝(紀元前323-紀元30、16代にわたりエジプトを支配した王朝)の抑圧的支配を暗示する言葉である。

「改めて」の語が4章の「虐げ」を一層悲惨なものとして浮き彫りにする。

3.コヘレト4章1−8節は3部に分けられる。

① 4:1-3。権力者の横暴の前に虐げられた者の涙を慰める者のいない空しい状況を見よ。死んだ人の方が幸いだ、生まれてこなかった者がより幸いだ、何故か「悪い業を見て(体験して)いない」。

② 4:4-6。生き甲斐を求める人間の労苦の空しさ。「片手を満たして、憩いを得る」は悪しき時代の生活の知恵か、「両手を満たして、労苦するより良い」。競争意識をもたず、他人の分を尊重しながら、穏やかな心で働くことを示唆している。

③ 4:7-8。魂の安らぎを得ない富の追及は誰のためなのか。労苦というものは、あの人のためにという愛があってこそ意味がある。富が目的だけの「仕事人間」は「空しく不幸だ」。この言葉には現代新自由主義経済時代(自由競争に市場を任せようという経済理論)と重なる響きがある。

4.4章9−12節。

 さて、今のべたような時代をどう生き抜くのか。

 ヘレニズム文化(アレクサンドロス大王以来、怒濤の如く流れてきた利潤優先、個人主義の生活様式、競争主義)に対して古いユダヤ文化の価値が見直される。

「ひとりよりふたりがよい」
「倒れれば、ひとりがその友を助けおこす」
「ふたりで寝れば暖かい」
「ひとりが攻められれば、ふたりでこれに対する」
「三つよりの糸は切れにくい」。

 みな長い経験から生まれた諺的知恵のユダヤ的な言葉である。生活の温みがある。

「喜ぶものと共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」(新約聖書ローマ12:9-21)は倫理として語られている。

 ユダヤ律法にも倫理はあった。しかし、それは現実の社会に人間が人間として肯定されるような最低の秩序があって初めて生きることだ。その根本が壊れたところでは倫理はうまく作用しない。コヘレトはその倫理の内実を知恵として述べる。倫理を知恵にまに昇華させたのは「太陽の下」の悪しき状況を生き抜いた人々であった。

5.ブラジル・カトリック教会の「解放の神学」に立つ聖書学者、中ノ瀬重之神父(『喜んであなたのパンを食べなさい  共に学ぶ「コヘレトの言葉」』)は、コヘレトの解説テキストで「三つよりの糸」に暗示される道を五つに纏めている。

①「民が息づける社会構造の保護」
②「命に仕える宗教」
③「協同して働く」
④「分かち合い」
⑤「生活のささやかなことに楽しみを見出だす」。

6.日本キリスト教婦人矯風会が1986年に設立した「女性の家HELP(House in Emergency of Love and Peace)」では「三つよりの糸」の働きがなされている。⇨女性の家HELP(外部リンク)

 国籍、在留資格を問わない女性と子どものための緊急避難センターとして、シェルター活動・電話相談を行っている。最近ホームレスの日本人女性も多いという。

 ここの働きは『希望の光をいつもかかげて。女性の家HELP 20年』(2006年、日本キリスト教婦人矯風会)に詳しい。

父ちゃんは 死んじゃったと 帰国する子ら

 1996年ごろ「HELP日誌」に載った句だと記憶する。

 性暴力被害の移住女性とその子らが想像される。

 現代社会の「三つよりの糸」の働きに参加してゆきたい。

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なんという空しさ ー 無名人であること(2010 コヘレト ②)