共に苦しみ 共に喜ぶ(1998 礼拝説教・神戸女学院大学)

1998.11.27(金)、神戸女学院大学 チャペル

(牧会40年、神戸教会牧師 20年目、健作さん65歳)

”一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。”(Ⅰコリント 12:26、新共同訳)

 私が結婚式の司式をさせていただいたカップルに赤ちゃんが授けられたというお話を聞いて、そりゃあ良かった、と喜びました。

 ところが、その女性が子供を産むか産むまいか迷っているという話を、実家のご両親から聞きました。

 その女性はキャリアを積んできた実力派の職業人で、外国出張など、自社製品の売り込みに抜群の成績をあげていて、仕事と子育てが両立するか迷っているのかと思ったら、実はそういうことではなかったのです。


 その方のお父様は、娘さんを「バカなことを言うな」と大変お叱りになったそうです。

 その女性のお連れ合いの弟さんはダウン症の障害児なのです。

 もし、ダウン症の子が生まれたら、という心配があって、そういう迷いが出たとのことでした。

 与えられた「いのち」を受け入れて、共に生きる、というのが、生きることの根本であるのに、娘が、ちょっといい学校を出て、エリートコースを歩み、仕事の面白さを知ったからといって、こんな人間としての根本的なことが分かっていないと思うと情なくて、ついカッとして怒ってしまった、とお父様は言っていました。

 お連れ合いの男性のご両親は、外国生活が長い方ですが、ダウン症の子を育ててきて、自分のいた外国では、差別の目で見られることはほとんどなかったが、日本に帰ってきてからは、差別の目に出会って、本当に苦労していると言われたそうです。


 私の知人で、若い女性の関西の漫画家・こだまちかさんという方が描いた『わたしのたからもの – ダウン症児とともに』(白泉社 1998/9)をご紹介します。

▶️ わたしのたからもの(1998 石井幼稚園)


 親として、また妹として、友人として、戸惑いながらもダウン症児と過ごす自分自身を、社会を、見直していくストーリーのコミックスを描いて、題は「わたしのたからもの」です。

 その中に、こんなセリフが出てきます。

「いのちの神様は、弱い子を授ける親を選びます。
 うんと強くてかしこくて、愛情深い親だけが、
 弱い子を守り育てられるのです。
 あなたは、選ばれた親なのです。
 神様 私はきっとふさわしくない
 でも神様 あの子を私たちからとりあげないで」

 この夫婦は、ダウン症児のことでよくケンカをします。
 夫が「クソ女」だとののしれば、「あんたこそハエ男だー」と怒鳴り返す。

 いのちの神様は、この夫婦に「よしあきくん」を授けました。
 強くかしこく愛情深い親になるように。


 最初にご紹介した女性ですが、最近、赤ちゃんが生まれました。

 とりあげた医師が言ったそうです。

「かしこそうやぁ、神戸女学院行き、間違いなしや!」

(サイト記:以下の手書き原稿から復元。この記事は、健作さんから「待った」がかかるかもしれません)

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