1976年5月2日 岩国教会週報「先週説教より」
ヨハネ21:15-19、ペテロ第一1:3-9
(岩国教会牧師12年、健作さん42歳)
こう話してから「わたしに従ってきなさい」と言われた。(ヨハネ 21:15-19)
ペテロは三度もイエスから「私を愛するか」と問われ、「わたしの子羊を養いなさい」と言われて、「心をいためた」(17節)とある。羊を養うということは、羊の世話の仕方、つまり育てる上での配慮よりも、むしろ共同体(群れ)の中でのあり方を意味している(例えば、家庭の中で子を叱る場合、叱り方も大事だけれども、叱る者の主体のあり方がもっと大事だというように。鈴木道太著『叱ってよい時、わるい時』明治図書 1964)。「よき羊飼いは、羊のために命を捨てる」(ヨハネ 10:11)とイエスが御自分のあり方を示しておられるように、共同体を養うということは命がけのことである。いったいどの程度まで身を削ればよいのか。ここが問題となる。ペテロはイエスに従ってきただけに自分を捨てる覚悟は持っていた人だったに違いない。けれどもイエスの前でだけは、自分のダメさ加減がはっきりしてしまっていた(マルコ8:33、14:30-、ヨハネ18:11)。注目したいのは、他の誰の前ででもなく、イエスの前で、恥じ、泣き、全面的面目失墜を認めて「心をいためて」いるペテロの姿である。この心のいため方のあるところに「わたしに従ってきなさい」というイエスの今ひとたびの招きがある。私たちは十字架のイエスの前で心をいためているだろうか。省みたい。
(1976年4月25日 礼拝説教 岩井健作)
(報告欄より)
共同の祈り「病床の方々のために」
礼拝後、定例長老会。地区CS生徒大会準備会。夕拝。
5月3日(月)憲法記念日講演会、於岩国教会
主催:岩国キリスト者平和の会
講師:住谷磬(けい)同志社大学文学部社会学科教授
演題:「憲法と福祉 – 堀木訴訟における生存権の問題」
教区常置委員会 3日〜4日(火)於広島
祈祷会・聖書研究会 5日(水)
第25回 西中国教区総会 5日〜6日(木)於広島女学院高校
青年会 7日(金)
R.W.マクウィリアムズ氏 教団宣教師(周防教会牧師)を3月末をもって辞任。


