1976年3月21日 岩国教会週報「先週説教より」
ルカ10:17-20、第一ヨハネ2:12-17
(岩国教会牧師12年、健作さん42歳)
世と世にあるものとを、愛してはいけない。(ヨハネ第一 2:15)
ヨハネ書簡では「世」はほぼ人間を意味している。しかも「光(キリスト)」を知らずにいる「闇(やみ)」が世の実際の姿だという。問題は、世とは自分を除いてどこかにあるのではないということだ。闇は自分のうちにあり、切って捨てるわけにはいかない。闇は審かれつつ、同時に包まれ、あがなわれ、照らされ、といった具合に、闇と徹底的に関わりを持つ故に、それに打ち勝った力の中で、即ちヨハネが「神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛して下さった」(ヨハネ福音書 3:6)という福音の光のもとで克服されたところで、世というものを捉えてはじめて、世というものの姿がある。「世に勝つ」とは、イエスの十字架が、一見敗北のように見えても、実は、全き人間性への肯定はこのことを抜きにはあり得ないことを言い表している。この出来事(福音)の土台の上で、戒めは意味を持つ。すなわち福音の土台の上に立つとき、戒めはもはや重荷ではない。荷には違いないが、軽さがある(マタイ 11:30)。冒頭の言葉は、戒めとしては「してはならない」という消極さを持つようであるが、闇の力を持つ世に対して、はっきりと訣別することが出来るのだという確かさを具体的、日常的に深めていくための手がかりである。「世を愛するな」とは戦いの大きな筋、気構えを示しているし、「世から出たものを愛するな」とは個々の戦いへの丁寧な取り組みを示している。前者をおろそかにすると長い歴史の目から見て戦いは崩れる。後者をおろそかにすると、戦いは観念的になり次の戦いへの力が枯渇し、喜びや希望が失われる。
(岩井健作)
(報告欄より)
共同の祈り「各家庭のために」
韓国情報『民主救国宣言』(1976年3月1日、朴政権の退陣と民主主義回復を求めた内容)の署名者は以下の如くです。
尹潽善(ユン・ポソン、前大統領)
金大中(キム・テジュン、前大統領候補、カトリック)
咸錫憲(ハン・ソクホン、クエーカー)
鄭一亨(チョン・イリョン、国会議員)
金観錫(キム・グァンソク、韓国キリスト教協議会総務)
尹攀熊(ユン・バンウン、牧師)
徐南同(ソ・ナムドン、延世大神学部教授)
李文永(イ・ムンヨン、教授)
文東煥(ムン・ドンファン、韓神大教授)
安炳茂(アン・ビョンム、韓神大教授)
当局はこれらの人々の幾人かと関係者を連行した。日米の教会が韓国当局への抗議や国内での世論を高める働きに動き出している。


