集会の信仰(1975)

1975年5月24日 岩国教会週報「先週説教より」

(岩国教会牧師11年、健作さん41歳)

コリント第一の手紙 14:1-5

異言を語る者は、自分自身の信仰を建てるが、預言するものは集会の信仰を建てる。(第1コリント14:4、NTD新約聖書註解訳)

異言を語る者は、自分だけの徳を高めるが、預言をする者は教会の徳を高める。(同箇所、口語訳)

 聖書の信仰は、神と人との関係が、人と人との関係に離れがたく結びついている。「愛を追い求めなさい」(14:4)という場合、愛が私たちのうちからではなく、ただ「キリストの愛がわたしたちに強く迫っている」(第2コリント 5:14)事実を受け入れる以外にないことを知っていて、なお、人との関係を含んで言われている。だから、パウロはコリント教会に霊の賜物を求め、自分自身の信仰を建てる以上に、集会(原語は「教会」)の信仰が建てられることを求める。「預言」は人と人との関係の軋(きし)みの中で(時代の罪を負いつつ)語られる宣教の言葉である。自分自身という枠から踏み出して、人と人との罪の桎梏(しっこく)を負って、なお「建てられている」ものを信じるところに「集会の信仰」がある。信仰が深まるとは、このような結びつき(集会=キリストのからだ)につながっている自覚と敬虔に目を開かれていくことであろう。

(岩井健作)


(報告欄より)
 教区委員 岩井牧師(西中国教区総会副議長、人事部、内外協力伝道委員会)
 共同の祈り「病床の方々のために」


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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