1975年4月27日 岩国教会週報「先週説教より」
(岩国教会牧師11年、健作さん41歳)
コリント第一の手紙 13:8-13
人間のうちから出て来たものにではなく、神から出て来ている「霊の働き」に教会の根本があることは、パウロも強調するところです。「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』と言うことができない」(第一コリント 12:3)といっています。ただ、霊の働きが自分の主観性だけで捉えられると、そこには共同性とか一致といったつながりが失われます。永遠なるものは、十字架によって示された愛のあり方にあり、霊の働き(異言、知識、預言)はこの世と共に過ぎゆくというのがパウロの主張です。「愛はいつまでも絶えることがない」と。どんなにすぐれた賜物であっても、共同体としてのあり方の中では部分にすぎない。「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さった」(ヨハネ第一 4:10)という愛の根本に支えられて、私たちの思い上がりを砕くと同時に、また部分的なことしか出来ない私たちへの励ましでもあります。「私は白髪を加えられた今でも、神のために大事を企て、神より更に大いなることの与えられることに期待します」(ネパールで働く伊藤邦幸医師の『逆境にある若き友へ』より)とは、愛にあって、今の自分を完全なものとしてしまわない生き方ではありますまいか。
(岩井健作)
(報告欄より)
共同の祈り「教区総会で選ばれた諸委員のために」


