1975年1月12日 岩国教会週報「先週説教より」
(岩国教会牧師10年、健作さん41歳)
あなたがたは真理に堅く立っているが、わたしは、これらのことをいつも、あなたがたに想い起こさせたいのである。(ペテロ第2 1:12)
記憶は人間の機能の中で、大切な働きである。鶴見俊輔氏がこの間の市民講座「記憶について」の中で、老いても人間としてボケないために本を読む、そして年下の人の言うことによくメモをとる人間は老いを防ぐと語ったが、メモは記憶の一助である。コンピューターのメモリー(記憶)は正確である。もしかくの如き正確さで、誤ちの数々を他人に記憶されたとしたら誰一人立つことを得ない。忘却もまた人間的なことではある。しかし、私たちの記憶は随分と身勝手で自分本位ではないだろうか。自分の都合の良いことはよく憶えているし、そうでないことは忘れる。聖書の歴史を形作った民族もそうであった。しかし、その底では信仰の祈りを忘れなかった。「わたしの若き時の罪と、とがを思い出さないでください。主よ、あなたの恵みのゆえに、あなたのいつくしみにしたがって、わたしを思い出してください」(詩編25:7)。また想起とはイエスとの出逢いの意味の想い起こしであり、そのことの働きを聖霊の働きという、とヨハネは言っている(14:26)。聖書では真理とは神の恵みをいう。それを知識として知るのではなく、その記憶を新たなるものとして想い起こすこと、そのための備え(聖書を日々読む、礼拝を守るといった日常的なこと)をも含めての想起を大切にしていきたい。
(岩井健作)

