十字架の死に向かい合う(1)震災から9年

十字架の死に向かい合う(1)震災から9年

2004年2月15日 中濃教会 礼拝説教
2005年版『地の基震い動く時』所収

ピリピ人への手紙 2章6–11節

不条理な死に向き合う

 阪神淡路大震災の時は、中濃教会から三品進さんと兼松農夫彦さんが色々な救援物資を持って見舞ってくださり、ありがとうございました。出身学校の加茂高校の同窓生はカンパを集めて送ってくださいました。私は被災の程度が少なかったので、その日から町内や兵庫県の被災者連絡会を通してずっと救援活動を続けました。9年経って、場所も神戸を離れたのですが、いまだに関わりを持っています。
 震災の時に、兵庫教区は教団教育部を通して全国から献金をいただきました。その献金によって始められた「子どもコンサート」も今年で9回目になります。このコンサートのパンフレットに私は追悼文を書かせていただいていますが、今年はこんなことを書かせていただきました。

 「死からものを考えない文化は、人間を希薄なものにします。地震による死者を忘れないでと続けてきたコンサートが、今年もできて良かったとしみじみ味わいます。
 それにしても、今年はどこか心の隅で、戦争のことが疼いていませんか。地震と戦争は関係がないのに、その疼きが似ています。体が覚えてしまった、こみ上げてくる激震は、戦争との共通感覚を呼び起こします。アフガニスタンで、パレスチナで、イラクで、そしてあらゆるところで、子供たちは今日も死んでいます。どうしてこんなことが許されるのでしょうか。」

 子どもの不条理な死は、私たちの心をえぐるように「それでよいのか」と私たちの存在を問うています。
 地震直後、神戸教会は行政から頼まれて、遺体安置所になりました。灘区で焼け死んで、引き取り手がない遺体がいくつも持ち込まれました。寒い講堂の隅にダンボールほどの木箱がありまして、2日ぐらいした夜、男の人が一人うずくまっていました。「お子さんですか」と尋ねると、「いや、おふくろです。私は東京に単身で出稼ぎに行っていて、おふくろ一人だったのですが、火の勢いが強く、家の場所から判断して、おふくろがここに安置されているというので来ました。ほとんど灰に近い状態でした」と泣いておられました。
 まさに不条理の死です。こんな死の物語が6433人分(2004年1月現在)あります。私は、人の不条理(理由が説明できない)の死というものに向き合う時、そこには「イエスの十字架に向き合うこと」と、どこかで重なり合っているように思えてなりません。そして、聖書の中に「不条理な死に向き合っていて、不安な気持ちを持っていてもよいのだ」というメッセージを聞きます。それが今日選ばせていただいた、フィリピの信徒への手紙2章6–11節の中の「十字架の死に至るまで」という言葉です。

パウロのキリスト讃歌

 今日お読みしたところは、一つの詩です。「キリスト讃歌」と言われているもので、初代の教会で歌われていた讃美歌の引用だ、というのがほぼ通説です。讃歌は6–8節、9–11節の二つの部分に分けられます。前半はキリストが人となったことを述べ、後半は神が彼を高く上げたと歌っています。前と後では主語が異なります。前半は人なることをキリスト自身の行動と記しますが、後半は神が出てきます。研究者は、この讃歌の背景にはヘレニズム・ユダヤ教の「知恵」についての神話が想定されると言います。「知恵」は先在者として神の下にあったが、地上に降り、人間界に宿った後、再び天に上る、そしてそれによって救済者としての働きをする、という神話です。ところが、初代教会の讃美歌はそれを少し違った意味に作り替えました。6節、「キリストは神の形であられたが」、「かたち」は存在様式、あるいは本質を指します。先在者は神的存在としてとどまることが可能であったのに、自分をむなしくして、神と等しくあることを放棄する。ここにはコリント第2の8章9節の「主は富んでおられたのに、あなた方のために貧しくなられた」と言われていることと同じ意味があります。神であることをやめて、完全な意味での人間になった、と言われています。

 人間となったことの事実の重さが語られます。「僕のかたちをとり」とあります。「僕」は奴隷の意味です。徹底的意味で人間であることを指す言葉です。「へりくだり」は低くする。「従順である」はキリスト(つまり救済者)が徹底的に人間であった。その徹底性を歌ったのが初代教会の讃美歌だと言われています。次の「死に至るまで」という言葉は、初代教会が「死んでこそ生きる」という”逆説”をよくわきまえていたことを示しています。「死」はヘレニズム・ユダヤ教において、しばしば人間を支配する、とてつもない勢力として捉えられていました。

 この讃歌の背景になっているヘレニズムの救済神話では、天から降ってくる「先在者(先立っている者」という「救済者」は、その死に支配されていないという考え方です。天から降ってきて、人間を救済してまた天に帰っていく、という救済論です。救済者が死んでしまっては救いにならないのです。死ぬはずはない。

 何が適切かどうかはわかりませんが、テレビ番組に「水戸黄門」のお話がありました。今でも放映されているかどうか知りませんが、お話の結末はたいへん明快です。権力を持った悪い奴がいて、庶民を苦しめるのですが、お忍びで身分を伏せた黄門様がそれを知り、最後に黄門様の徳川家紋の印籠を掲げると、悪者はそれに平伏し、悪を悔いるという筋書きです。掲げられた印籠の家紋の権威が救いになります。救いは彼方からやってきます。黄門様は決して死なないのです。

 ヘレニズムの救済神話は水戸黄門のように、天から来て救いをもたらし、天に帰っていくという構造です。ところが、ピリピ人への手紙に出てくる「キリスト」は死ぬのです。人間になったことの徹底化は「死」なのです。ここでよくよく考えておきたいのですが、この讃美歌は、キリストは死に至るまで、人間になられたということなので、ヘレニズム神話の救済論とは違うのです。

十字架の死に至るまで

 でも時が経つと、また事情が変わってきます。この讃美歌を歌い始めた頃の人は、イエスの非業の死に対する、自分の罪責の大きさ、そして、イエスの死の出来事に感動の体験を持っていたのだと思います。しかし、それが次の世代に語り伝えられたとき、言葉だけが伝わって、その感動の中身が新たな出来事にならないで形骸化されたのだと思います。

 讃美歌も、いつも歌っていると、言葉の重みが抜け落ちてしまって、言葉だけが上滑りになってしまうことがあります。歌というのは本来、原初の気持ちを再現してこそ歌なのですが、伝わるうちに風化を起こしてしまいます。
 例えば、いま私たちが歌っている歌でもそのようなことがあります。マルチン・ルターの作詞作曲の歌に「神は我が砦」という歌があります。54年版の267番、讃美歌21では377番です。その4節を歌う時、ちょっと戸惑うのです。最後に「わが命、わが全て、取らば取れ、神の国は、なお我にあり」とあります。原文では「わが妻子も」となっています。私など少年の時(父親は牧師でした)、声を張り上げて歌うと、伝道者になったら妻も子も顧みないのかと、真面目に考えた時期がありました。翻訳は「我が全て」となって、少しぼかしています。でも「全て」といっても、この歌を歌っている私たちは、神の国をそのように直裁に考えているわけではなく、相当に割引して歌っているのではないかと思います。作詞したルターは本気だったのだと思います。

 こんな具合に、ピリピ人への手紙の詩も「死に至るまで」のところが、慣れっこになって、その凄さが薄れていたのだと思います。注目していただきたいのは、8節です。「死に至るまで」に続けて、「十字架の死に至るまで」とあります。研究者は一致して、この句はパウロが元の詩に付け加えたものだとすることを認めています。

 「十字架の死に至るまで」とはどういうことでしょうか。
 パウロより以前の初代教会の「信仰告白定式」には「十字架」という語が使われる例がほとんどない、ということです。パウロにとって「十字架の死」というのは、イエスの「不条理な死」のことです。なぜパウロが十字架に、そこまでこだわったのかは「死ぬことによって生きる」という逆説を経験した人だったからです。律法による自己実現に死んだ人です。古い自分に死んだ人です。
 洋画家の小磯良平さんが、聖書の挿絵にパウロを描いています。それは、パウロがダマスコ途上でひっくり返っているところです。よくパウロを掴んでいるなと思います。ぶざまなパウロです。
 その意味では、イエスはぶざまに死んだ人です。このように言うと、イエスは神の子だから「ぶざまに」死んだのではなくて、救いの実現のために贖罪死したのだ、と言う人が多いと思います。しかし十字架というのは、自然死ではなく、周知のように重罪を犯した者の極刑です。

 最近必要があって、私は昨年10月に出版された大貫隆さんの『イエスという経験』という本を読みました。それは、十字架刑とはどういうものであったか、ローマ帝国が政治犯をなぶり殺すのに、いかに苦しませて、見せしめにして殺したかが克明に書いてあります。とても読むことは辛いので、ここでは読みません。
 パウロは自分が、ぶざまにひっくり返ることで、そのぶざまなイエスに出会ったのです。「十字架の死に至るまで従順で」とは「ぶざまな死に至るまで」ということです。そして、一人一人がそのことを繰り返すところに救いがある、という促しです。
 「十字架の死に向かい合う」ということは、十字架の出来事を「キリストの贖罪」を表すものと理解して、それを出来上がった救済として信じなさい、ということではないのです。ヘレニズムの神話の救済論が水戸黄門の話だとすれば、死ぬことによる救済論の例としては呉鳳(ごほう)の話があります。救済論は、いつでも自分の死と結びついて、初めて現実のものになります。


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