1971年1月3日 新年聖日礼拝
岩国教会週報「元旦礼拝より」
使徒行伝18:1以下、コリント第二 16:19
《元旦礼拝週報・翌週週報欠落》
(岩国教会牧師5年目、健作さん37歳)
1971年の年頭にあたって、時代を見渡すとき、「今は悪い時代」(エペソ5:16)、「曲がった邪悪な時代」(ピリピ2:15)という言葉を思い起こします。といって、自分ばかり正義面(づら)をして、この時代を審こうなんていう気持ちは持っていません。むしろ、小さな働きでも他人から頼りにされたり、期待される時代に生かされている喜びは、ちゃんと持っています。それにもかかわらず、時代の潮流は、人間が息づけない方向へ進んでいます。とりつくしまのないように、みんなは自分のレールを走っています。他のために、真理のために、正義のために、いと小さき者のために、無駄な時間や無駄な金を出そうという余裕のある人が少なくなっています。自分がそんな姿になりつつあるのを見出してハッとします。
初代教会に生きたアクラとプリスキラの話は、そんな中で心温まる話です。彼らは①自らいわれのないユダヤ人差別の被害者としての悲しみを知っていました。②「家の教会」を開き、人間に息づきあえる交わりの拠点を作っています。③仕事を通して堅実な市民生活をしていました。④いざというときは首をかけて(ロマ16)使命に生きる人間(パウロ)を助ける勇気と実力を持っていました。1971年、私たちは、多面な生活(仕事、教会行事、市民行動、家庭)を通して、アクラとプリスキラの如き生き方をしてゆこうではありませんか。
(1971年1月1日 元旦礼拝 岩井健作)


