1970年12月27日 年末聖日礼拝
岩国教会週報「当日説教に寄せて」ピリピ3:2-16
(岩国教会牧師5年目、健作さん37歳)
「毒ガス撤去、裁判権の民移管を要求する行動を首里高校だけではなく……」と高校生までを立ち上がらせたコザ市民のやむにやまれぬ人権確保の行動(1970年12月20日「沖縄コザ暴動」)は、1971年を来たるべき年へとつなぐ要(かなめ)の事件だと思います。平和を願いながら、生活上やむを得ず戦争加害者の側に立たされてしまっている多くの人たちの苦悩を秘めた行動でした。国政参加選挙という儀式では到底はらせない。忍従してきた自分たちの内側からの自立の行動です。とにかく生活のことを考えれば、まさに苦悩に満ちた行動です。苦悩を負った自立、これが1970年の問題を象徴しています。教団も教会もキリスト者各自も、このことが過ぎし年の課題でした。忍従や安住している自分自身から自立できるか。自主を失わせる力に対して攻撃性を時として爆発させながら、しかも重たい生活全部をひっさげて。日本の近代、封建制、家族等々をひっさげて。自立、独立、ひとりになる勇気。本当に大切なものは失ってみないと分からないというところまで、ただひとり「からだを伸ばしつつ(ピリピ3:14)」走る。こんな課題をいま一度自覚して1970年を送ります。
(1970年12月27日 岩井健作)


