異なったものを大切に(1978 説教要旨)

1978年2月5日 岩国教会礼拝説教
1978年2月12日 岩国教会週報「先週説教より」
使徒行伝 6:1-7

(岩国教会牧師13年目、退任2ヶ月前、健作さん44歳)

”御霊と知恵に満ちた、評判のよい人たち七人を捜し出してほしい”(使徒行伝 6:3、口語訳)

 言語や生活習慣や文化の違う人々が自分達のグループの中にいるということに気がつき、そのことを身に沁みて経験したことが初代教会の新しい展開として6章に記されている。ギリシア語を話す離散(ディアスポラ)していたユダヤ人は、ヘブル語を話すパレスチナ生まれの人々の間では彼らに気づいてもらえない負い目を負っていたに違いない。善意と熱心で「日々の配給」という奉仕が行われただけに、見落とされた面からの苦情が出た(外野席からの程よい奉仕は感謝こそされ苦情が出ることはない)。しかし、この苦情を通して異なったものを含めての全体の在り方が初めて問題になった(これは使徒行伝の著者が組織や運営の問題だけに絞っているが疎かにされたことの背景はもう少し深い)。そして、評判の良い(公平・中立)人と言いながら、ギリシア語系の名の者だけが問題解決の世話人に選ばれた。このことは政治的解決や組織問題レベルでの解決ではなく、この事件を通して群れを養い強める「神の言(ことば)」(2節、7節)への信頼の問題として考えられている。使徒たち(ヘブル語を使う)が自分達だけの指導性を捨てて異なったものに関わる在り方は「僕(しもべ)のかたちをとり…おのれを低くして…十字架の死に至るまで従順であられた」(ピリピ 2:7-8)イエスを「神の言」の内容としている在り方である。異なったものの存在に気づかされることによって与えられる恵みへの信頼である。2.11紀元節の思想はまさに逆で異なったものを君民一体の思想で包み込む反面、異なったものを排除するものであり、私たちは信仰の証しとしてこの日に不服従の意志表示をしていきたい。

(1978年2月5日 岩国教会礼拝説教 岩井健作)

BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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