生ける水(1976)

1976年6月6日 聖霊降臨日(ペンテコステ)礼拝
岩国教会週報「先週の説教より」
ヨハネ7:33-39、エペソ1:15-23

(岩国教会牧師12年、健作さん42歳)

わたしを信じる者は…その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう。(ヨハネ7:37)

 「わたしを信じる者は」と言われている。33節から35節を読むと、ユダヤ人は、彼らなりにイエスを理解した。だが「わたしをおつかわしになったかたのみもとに行く」(ヨハネ7:33、十字架の死を意味している)という事柄は理解を超えていた。

 イエスは「わたしを捜すが、見つけることは出来ない」(7:34、7:36)と言っている。見つけることでなくて、信じることが求められている。父のみもとを去ったイエスを見つけることは出来ない。しかし、その死を含めてイエスを信じる者に「生ける水(39節によれば聖霊)」は与えられる。父なる神が超越を示し、子なる神(キリスト)が歴史における神の姿を示すとすれば、聖霊なる神は、現在一人ひとりへの神の働きにおいて捉えられる。しかし、その働きかけは、イエスを信じる者に与えられる。

 イエスに従う生き方を支える力が、私たちの努力や頑張りといったところからではなく、「その腹(イエス御自身)から」(7:37)即ち、上よりの力として与えられることこそ、私たちが最も求めてやまないことではないだろうか。

 『はだしのゲン 4巻 まっすぐ伸びよ青い麦』(中沢啓治著 1972年より「少年ジャンプ」にて連載開始)を読み、状況の凄まじさとそれを切り返していく少年ゲンの屈託のなさと自由に驚かされる。全編を通じ、死を越えて生へと引き込んでいく力が流れている。生への自由な力が強ければ強いほど、ゲンの父親の死の事実が風化しないで重さを加えている。

 「生ける水」の豊かさも、イエスの死とのつながりの度合いに関係があるのかもしれない。

(1976年5月30日 岩国教会説教 岩井健作)


(報告欄より)
 共同の祈り「礼拝司会者のために」
 礼拝後、長老会・夕礼拝。
 全国教会幼稚園連絡会 8日(火)〜10日(木) 長野県軽井沢町に出張。

BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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