1974年3月24日 岩国教会週報
「先週説教より」マタイ5:38-42
(岩国教会牧師8年目、健作さん40歳)
『目には目を、歯には歯を』と言われていた…しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。(マタイ5:38-19)
「目には目を…」という、害されたその同じところを傷つけるという同害報復は、古代民族の共通の「法」で、その精神は、無制限の復讐や、謂れのない私的犯罪に対して限界付けをして、生存権を守ることにあったという。この言葉は、今日でもしばしば復讐の醜さを表す諺の代表のように用いられることが多い。しかし本来の趣旨は、際限なく続く復讐の連鎖を断ち切ることにあったわけである。イエスは、この法の根本精神に神の御心を見た。生存権を守るために隣人に敬意を示そうとするなら、復讐の連鎖を断たねばならない。相手のやり方で打ち返す誘惑に勝たねばならない。「善をもって悪に勝ちなさい」(ロマ12:21)とはパウロの言葉だが、いったい報復や復讐の連鎖に止めを刺す「善」が私たちの内に力としてあるのだろうか。ただイエスの言葉を、厳しいが、なお信頼への呼びかけとして聞き取り、復讐の連鎖の中で自分を貫徹することを断念するときにのみ、この「善」は宿るであろう。39節以下、「右のほお」に続く戒めは、律法の成就として、祝福の中にわれわれを招く言葉として、信をもって聞かねばならない。そのように生きる者によって神の御心は輝いている。
ファン・ティ・マイは、ベトナムの少女、サイゴン大学の文科の学生、同時にやさしい女性教師だった。彼女は自分の身体を焼いて「ベトナムに平和を、人間に愛を、暗闇に光を、この身を松明に変えて…」と訴えた。(参考資料『政治囚』南ベトナム政治犯釈放要求カトリック委員会発行)
彼女の残した詩、言葉は、復讐の連鎖に止めを刺す光を放っている。
(祈り)父なる神、私たちから復讐の心を取り除き、あなたの祝福を生きる者として下さい。謂れのない復讐の苦しみにある人たちに解放を御与え下さい。
(1974年3月17日 岩国教会 岩井健作)


