召命と派遣(2007 礼拝説教・ガラテヤ③)

2007.9.16、明治学院教会(87)、聖霊降臨節 ⑰

(牧会49年、単立明治学院教会牧師 2年目、健作さん74歳)

ガラテヤ 1:11-24

1.この箇所は、パウロの回心という彼の生涯における決定的な転機の出来事を中心に、その原動力となった福音が「神ご自身からの啓示」であったことを述べている。

 ガラテヤ地方の諸教会がユダヤ主義者の扇動にさらされている危機に対処したもの。

2.「人から受けた」(ガラテヤ 1:12)とは「人間の言い伝え」(ユダヤ教では伝承を重んじる)を継承するものではない。

啓示によって福音を与えられた」ことの強調。

「啓示」とは、人間に隠されていたものが、覆いが取り除かれ明白にされる出来事。

「イエス・キリストの啓示」は、イエス・キリストが啓示した啓示ととるよりも、「イエス・キリストを内容とする神の啓示」ととる方がよい(佐竹明)。

3.回心前後のパウロ(ガラテヤ 1:13-14)。

 ユダヤ教徒として熱心に、律法に違反するヘレニスト・キリスト教徒を迫害する。

「神の教会」とは、教会の根拠と性格の強調。

4.(ガラテヤ 1:15-17)自分の回心を人間の計画や意図を超えた「神の選び」によるものと受け取っている。

「母の胎内」(ガラテヤ 1:15)は、エレミヤやイザヤの召命(エレミヤ 1:15、イザヤ 49:1)になぞらえている。

 これは「神が、御心のままに、御子をわたしに示し(啓示した)」(ガラテヤ 1:15-16)ことによって実現した。

 この回心は紀元33年頃(ダマスコでの出来事)。体験の叙述より「神の側の働き」を述べる。

 パウロの回心の特徴は宗教的内面の経験に留まらないで、直ちに「宣教への派遣」に導かれてゆくこと。

 特に、異邦人伝道に導かれていること。

 これは、キリストとの出会いが、律法主義的生活の破棄であったので、ユダヤ人の枠を超えて(民族的優越意識を脱却して)異邦人に向かった。

「血肉に相談せず、エルサレムにも行かず」「アラビアに退いて」は人間的なものの介在することの影響を避けたこと。

5.使徒会議(48年春)までのパウロ(ガラテヤ 1:18-24)。

 足掛け3年後、ケファ(ペトロ)と「知り合いになろうとして」(1:18)。

 ペトロに会うことは、権威の伝承を得るためではない。

 内容として、回心と召命の報告、生前のイエスと過ごしたペトロによる主の言葉の伝達、伝道する地域についての協議などであったであろう。

 反対者には、パウロが、エルサレム教会の指導者であるペトロやヤコブとは対等であることを示す。シリアとキリキア地方への伝道。エルサレム教会には直接結びつかない異邦人伝道のための独自の活動の強調。

 イエス・キリストからの「直接の啓示と派遣」の強調をする。

 ”派遣とは民族差別の克服”であった。

6.乗松雅休(のりまつ まさや、1863-1921)。

 横浜海岸通教会で受洗。明治学院神学部入学。後にプリマス・ブレズレンに参加、教会退会、学部退学、日本人プロテスタント最初の海外伝道者として朝鮮に渡る。

「乗松兄は朝鮮の人になりました。この愛はいかなる愛でありましょうか」
(葬儀の時の朝鮮伝道者の言葉、『明治学院百年史』 p.177以下、学校法人明治学院 1977)。


 追悼 マクウィリアムズ宣教師(写真左)
 2021年1月28日召天(享年100)

 健作さんが岩国教会牧師であった 1965-1978年に、岩国にはマクウィリアムズ宣教師がいました。カナダ合同教会から日本基督教団に派遣、岩国の玖珂教会を開拓伝道、周防教会牧師。後に広島で宣教。2021年1月28日、第二清鈴園(広島)にて召天、享年100歳。前立腺癌の骨転移で入院されていましたが、在宅を選ばれて、第二清鈴園(廿日市高齢者ケアセンター)でご家族と過ごされました。痛みや苦しみがなく、眠るような最期でした、とのこと。2021年1月31日(日)、家族葬。


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