1972年6月4日 岩国教会週報
「先週説教より」使徒行伝8:1-11
(岩国教会牧師7年目、健作さん38歳)
先週述べたことの続きになりますが、使徒行伝はパウロの伝道の様子を記すにあたって、言葉による説得(4節)という点を強調しています。そして、それが実っていく様が書かれています。パウロは「語りつづけよ、黙っているな…」という主の声を幻のうちに聞きます。「語りつづける」ということは、単に喋り続けるとか、自分の主張を言い続けるということではなく、一対一の人間関係において、相手に語りかけて相手がその言葉に応じて自分自身の納得を持ち、自分自身の決断に至るまで持続した「言葉による関係」を忍耐して待つということではないでしょうか。単純に言えば、相手を愛の対象として見ることを色々な状況の中で一貫して貫いていくということです。私たちは弱いがゆえに、相手とまともにぶつかり合い、相手の意志や決断に触れるような言葉での関わりを避けて、適当に他の力に頼る人間関係を続けてしまっています。この弱さの克服を「語りつづけよ」という聖書の言葉に聞き取っていきたいと思います。もう一つ。「黙っているな」ということ。現代の状況は、人間をかけがえのない人格として見ることを阻むあらゆる働きが働いています。すぐ受け入れられないからといって、そのような力に抗する発言をやめてしまってはならないと思います。黙っていることは「もろもろの支配と権威と闇の主権者」(エペソ6:12)と言われているような力に加担することになります。
(1972年5月28日 岩国教会 岩井健作)


