キリスト教史学会の特別講演をお引き受けして(2006 学会前・最終稿?)

2006.8.31 執筆、「キリスト教史学会第57回大会(9月29日)」講演前
(こちらが案内冊子の最終稿かもしれません)

参加者の皆様へ「キリスト教史学会の特別講演をお引き受けして」

 このたびは「史学会57回大会」の特別講演をお引き受けして、かなり緊張をしています。前もって一文をお送りする機会をO.K先生が作ってくださったので、ご挨拶とお願いを書かせていただくことにしました。

 まず、題を「神戸のキリスト教 − その光と影 “『近代日本と神戸教会』が問うたこと、問えなかったこと”」とさせていただいて、講演の題のベースに『近代日本と神戸教会』(創元社 1992発行)という『本』を据えさせていただきました。

 これは私の甘えかも知れませんが、史学会の皆様方には是非この本を知っていただきたいという思いがあります。一般の書店から引き上げて久しいものですから、入手の方法をあらかじめお知らせしたかったので、O先生に御無理をお願いいたしました。

 神戸教会には、残部がまだまだあります。そこで下記にご連絡いただければ、振替用紙をいれてお送りする様に、現在の牧師に頼んでおきました。出版当初は定価7000円でしたが、今は3000円でお頒ちしています。どんな本なのか、神戸新聞の当時の紹介記事「HYOGO出版ステーション」(1992年6月21日)のコピーを同封していただくようにお願いいたしました。

 ただ、講演は一般講演なので、この本をベースにすること自体にはかなり無理があります。そこで、一応これを背景にして、私なりに牧師の経験のなかで感じた「神戸のキリスト教」のことを、語らせていただこうと思っています。

 もし私が研究者であれば、体系的に、総括的に、鳥瞰図的に、客観的に、対称的に、通時的に、理論的に、この街とそのキリスト教を捉えたでしょう。その視点では各論を含め、研究者のそれなりの蓄積がこの分野にはあります。しかし、牧会者はそうはゆきません。「史学会」の「講演者」にふさわしい要素は全く持ち合わせていません。ただ、この街に生きる、生きたキリスト者の細部の事柄にかかわって、虫瞰図的に、共時(共苦)的に、部分的に、関係的に、感覚的に、私も「キリスト教」を生きて来ました。それが牧会者の役目です。

 依頼を敢えてお受けしたのは、一人の牧会者の目で見た「神戸のキリスト教」に触れてくださればという思いからです。神戸での24年は、牧会(神が愛され失われてはならない一人一人の人の魂への配慮。キリスト者であるか否かは問わず)と宣教(まずは、牧師の質が問われる「説教」。伝道、教育、社会への働き。教会のプログラムが中心になるけれども、そのエクステンション「広がり、外延」が多い。幼児教育、キリスト教主義学校、YM・YW,社会福祉、それに様々な社会実践[反戦平和や人権や反差別の活動]。幼稚園[私の場合]と関係包括団体。各個教会を包括する日本基督教団および兵庫教区の役割と働き、他派教会との共同の働き)。それに教会運営(もちろん会員・役員の役目ですが、気配りはいります)。

 その「神戸教会」で、日常以外に出会った出来事が二つあります。一つは「地震」(これはシンポジウムに)。もう一つは「教会史」の作成です。

 この本、研究会をはじめてから10年かかりました。

 編集・執筆者の笠原芳光さん、武藤誠さん(故人)、中永公子さん、との共同作業の楽しかったことなどもお話したいことです。

 中永さんの作品には『基督 in 神戸』全2巻(神戸聖書展ビデオ制作委員会編 2001)があります。一般の人や神戸のキリスト教学校に新入学した学生が、キリスト教概説の時間、副教材として1講義90分で見て、これが神戸のキリスト教だと、一目で分かるようなドキュメンタリー・ドラマです。当日会場に中永さんが持参するそうです。

 この『本』の特徴は第一に、一般向けです。第二に、特定の歴史観に立ってはいない。強いて言えば社会史的方法です。第三に「女性史」の目が底にあります。

 私は牧会のお役目で「御葬儀」をたくさんさせていただきました。その方たちは一人一人個別の人生を通して「神戸のキリスト教」の物語を持っておられます。それを多少綴り合わせて「私の神戸のキリスト教」を語りたいと思います。

 例えば「鈴木玉子さん(第8、10代神戸教会牧師・鈴木浩二牧師夫人)と愛の園」、「吉田金太郎さんと赤軍派」、「吉田信さんと“NHK素人のど自慢”」、「小磯良平さんと女性像のキリスト教」、「水谷愛さんと神戸のキリスト教福祉」、「東山正芳さんと関西学院、キリスト教自由人」、「韓晢曦(ハンソッキ)さんと在日」などなど、思いつくところです。

「神戸のキリスト教」はその風土、文明開化、港街という部分は明るくて分かりやすいのです。しかし「暗い」部分があります。それは自分が今どう「キリスト教」を生きるかに関係して、非主体的に、客観的には、語れません。

 私には、近代以降の日本の「富国強兵」政策で人間が疎外され、戦後もその本質が底流化され、見え難い部分です。そこには、沖縄やアジアの犠牲者もあります。その侵略戦争にキリスト教も主流では荷担しました。

 キリスト教の拠って立つ「福音」をイエスの「振る舞い・言葉」にまで還元するならば、それは「神戸」では、どのような「光」と「影」を醸し出しているのでしょうか。そんな課題をご一緒に考えさせていただく機会を与えられたことを感謝して、もう残りすくない日々に思考を巡らせたいと思っています。どうかよろしく。

講演原稿「神戸のキリスト教 ー その光と影 『近代日本と神戸教会』が問うたこと、問えなかったこと」
2006.9.29、キリスト教史学会第57回大会「特別講演」於 神戸海星女子学院大学

学会講演前(2006 学会・書簡)

出会いの人(2000 神戸・出会い)

あとがき 『近代日本と神戸教会』(1992 書籍)