先週の諸集会から(1975)

1975年11月23日 岩国教会週報

(岩国教会牧師11年度、健作さん42歳)

 16日(日)永眠者記念礼拝後、午餐会。新しくM兄、T姉の遺族が加わられた。納骨堂ではF夫人の涙に一年の歳月をしみじみ感じた。墓前で讃美歌494番「わが行くみち いついかに」を歌う。


 17日(月)前夜より教会に宿泊の阿蘇牧師、糸井牧師、小島君と4名で、中谷さん公判傍聴に山口地裁へ行く。Y証人の尋問では、自衛隊が中心になって合祀をやった事実が多数証言された。夜は公判で奮闘の今村嗣夫弁護士により岩国東教会で市民講座。刑法"改正(改悪?)"がいかに支配権力に対する抵抗層を抑え込み、DKグループ(”don’t know group“ 無知、無関心、無批判層)を増大させ、民主主義の危機をますます強めるものであるか、講演と映画で具体的に学習できた。

 18日(火)幼稚園の園児、元気に城山登り、紅葉を時を止めて引き伸ばしておきたいような秋日和。牧師在宅日、Nさん来訪。夜、笠原芳光氏、来訪、朝日新聞の人名辞典にキリスト教関係として、高倉徹牧師、中谷康子さんを書くための資料探しを兼ねて一泊。

 19日(水)午後、幼稚園母の会。幼児のことばの発達につき「ことばの教室」の船津健二教諭。ユーモアのある分かりやすい具体的なお話でありながら、言葉を使う生活への視野を広められる。子どもに喋らせること、話を発展させるよう語りかけること、直接言葉の矯正をしないこと(母親が正しく語り返すだけでよい)など、適切な指摘あり。夜、新築のT宅(Y邸)で祈祷会。笑いと語らいとに集会後、時の経つのを忘れる。

 20日・21日(木・金)、萩での教会婦人会連合研修会に、岩国地区から4名参加。約80名。「現代生きる教会婦人」と題して魚住セツ牧師の講演。講演題の「を」は「に」ではなく状況をよく捉え、流されないで戦って生きるキリスト者の姿勢を示す。現場報告も活発。受け身の会ではなくなってきている。「教会婦人を取り巻く忙しさは、この世から外れて自分だけがキチンとやっていくことで解決しない。極限からの可能性は神にあることを信じ、目の前の小さき者への配慮を見落とさないよう、相対性の中で選んで生きること」との魚住牧師の講演につき、分団でよく話し合われていた。夜、岩国キリスト者平和の会。明治4年から12年までの靖国神社の成立につき学ぶ。「天皇のための死者集団を、均質で無機質の祭神集団に仕立てあげる宗教的装置」(村上重良氏)として、いかに強兵・治安・アジア侵略の中心であったかを知って驚く(『慰霊と鎮魂』村上重良 岩波新書 1974、p.84-)。

 21日(金)天皇の靖国参拝に抗議電を打つ。

(1975年11月23日 岩国教会週報 岩井健作)


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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