人間を誇ってはいけない《Ⅰコリント 3:18-23》(1992 週報・本日説教のために)

1992.3.15、神戸教会
復活前第5主日・受難節第2主日
(今春卒業される方19名、転入会2名)

(神戸教会牧師15年目、牧会34年、健作さん58歳)

この日の説教、コリント人への第一の手紙 3:18-23「人間を誇ってはいけない」岩井健作


 毎年この季節に教会では、主日礼拝の中で、今春高校や大学を卒業する会員、会員の家族、求道者の諸兄姉を覚えて、感謝と祝福の祈りを捧げています。

 この人たちが学校で学んだ、ここ3年〜4年は、後世の歴史に残る世界の転換期です。

(サイト記)ソビエト連邦崩壊:1991年12月26日

 米ソを軸とした核抑止の対立構造が壊れて、米国一極の政治支配の時代に入りましたが、経済ではEUや日本など多極化して不透明です。

 更に、南北の経済格差の拡大や、地球全体の環境汚染や破壊の問題、加えて、パレスチナとイスラエルに見られるような民族間の支配・被支配と侵略などの民族対立など、どれ一つをとっても、なかなか解決困難な問題を抱えた時代です。

 わたしたちの身近なところでも、「高校生校門圧死事件」など、教師も生徒も、それぞれの主体性が問われていますし、前の世代の責任であるのに、「従軍慰安婦問題」など、若い世代を含めて、日本という民族の責任が被害者側から改めて問われています。

 繁栄と過保護に包まれて、放漫な生き方はもはや通用しないところにまで来ています。

 逆に、10人に1人が海外旅行の経験を持っていることや、男性中心の女性差別社会が少しずつ崩れて、双方のパートナーシップなど、流動性と自由が切り開かれ、個性を伸ばす可能性の時代も拓かれています。


 今朝は、聖書のコリント人への第一の手紙、3章18節〜23節を学びます。

 ”だれも自分を欺いてはならない。もしあなたがたのうちに、自分がこの世の知者だと思う人がいるなら、その人は知者になるために愚かになるがよい。なぜなら、この世の知恵は、神の前では愚かなものだからである。「神は知者たちをその悪知恵によって捕える」と書いてあり、更にまた、「主は、知者たちの論議のむなしいことをご存じである」と書いてある。だから、だれも人間を誇ってはいけない。すべては、あなたがたのものなのである。パウロも、アポロも、ケパも、世界も、生も、死も、現在のものも、将来のものも、ことごとく、あなたがたのものである。そして、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものである。”(Ⅰコリント 3:18-23、口語訳)


 「世の知者だと思う人」(Ⅰコリント 3:18)を、使徒パウロはたしなめ、「神の前では愚かなもの」(3:19)であることを知れ、と申します。

 「愛にあって真理を語り」(エペソ 4:15)とあるように、真理や知識が愛によって包まれないと、人を傷つけ、疎外するものとなることを警告しています。

 自分というものを徹底的に、問われ、裁かれ、なお許され、包まれる世界として、「聖書・教会・神・信仰」という事柄を、大切にして欲しいというのが、若い方への私の祈りです。


 神戸教会員で、レコード大賞審査員のFさんから、先般、今年の受賞曲「愛は勝つ」を送っていただきました。作家はクリスチャンだそうです。「神は愛である」という聖書の言葉と重ね合わせて聞きました。

(サイト記)曲の歌詞が記載されていますが、サイトでは割愛します。

(1992年3月15日 本日説教のために 岩井健作)


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