エルサレムにて

「イスラエルの戦車に石を投げるパレスチナの子供たち=AP」。1月3日の「朝日」の報道写真だ。村上宏一氏(中東アフリカ総局長)は、「ニューヨークの破壊」の一時性と局地性に対して、イスラエル軍の「パレスチナへの破壊」の積年の総和の長期・広範と理不尽を、そして他民族を力で押さえ付けることの無理を訴える。同じ誌面で高成田亨氏(アメリカ総局長)のアメリカの「野望と忍耐の狭間で」の描写と自制への示唆が目を惹く。アフガニスタンの人々への支援の、またその根源にパレスチナへの祈りと関わりが今こそ大事であることを「日本の教会」は忘れてはならない。

 エルサレムのアラブ人地区で描いた一枚のスケッチに、今の現地を想像すると、絶句する。

東エルサレム、聖公会セント・ジョージ教会

 パレスチナに行きませんか。長年パレスチナ問題に取り組んでいる桑原重夫牧師に誘われて「教団パレスチナ訪問団」を名のって高校生から60歳代までの老若男女11名が旅行した。東エルサレムの聖公会セント・ジョージ教会の宿舎に泊まった時、朝早く起きて描いたスケッチを取り出してきて、今回の責任を果たすことにした。ここには中東キリスト教協議会の事務所がある。今議長は、ナザレで弾圧の辛酸を舐め、なおパレスチナ人の自由のために戦ってきた、アッサール牧師だと聞く。

 来日の折、神戸教会で説教をしていただいた。ルカのサマリア人の物語だった。イスラエル旅行を、パレスチナ問題の自覚もなく歴史を超えて「聖地」とのみ捕らえる多くの欧米や日本のキリスト教徒は、彼の文脈では誰になるのだろうか。そんな問いが、心をよぎった。もう7年も前のことだ。エルサレムの事態は基本的に変わっていない。

St. George Church, Jerusalem