戦争とプロパガンダ(2002 熊取伝道所)

2002.10.8、大阪教区 熊取伝道所 集会、イラク戦争開戦半年前
イラク戦争(2003年3月20日〜2011年12月14日)

(川和教会牧師代務者 69歳)

「戦争」という事柄を巡って、人間の関わりを見る時、大変大ざっぱですが、人々には、四つの関わりがあるように私には思えます。

1.第一は、戦争を遂行する人々です。理由はいろいろあるでしょう。正義のためとか、世界の民主主義と平和を守るためとか、国の権益を守るためとか、民族の独立のため等。そんな高尚なことでなくとも、戦争をすれば儲かるという人達がいます、軍需産業・防衛産業・死の商人たちとそれにくっついて生きる人達です。強いものが武力にものを言わせれば、弱いものは仕掛けられて戦争に巻き込まれます。いずれにせよ、戦争を自分のこととしている、またせざるを得ない人たちです。

 今、私たちは、アメリカが是が非でも「仕掛ける」イラク戦争寸前にいます。もちろん、アメリカが言うように、フセインの独裁を倒さないと、テロの脅威が温存されるかもしれないし、また戦争は、石油権益を巡ってなされるのかも知れない。破壊も、人の死も、計算に入って、確固たる信念・政治・軍事の行使として行われる。

2.第二は、その戦争に協力させられる人々です。積極的であれ消極的であれ、協力体制に組み込まれざるを得ない人です。大部分の普通の人は、ここに入ります。大部分の人を、ここに追い込むためには、それなりの体制がいる。教育・法律・経済・社会・情報・政治・芸術・宗教・思想の戦争への動員・管理がいる。

 有事立法。7月25日の朝日新聞の記事をみてびっくりしました。今度の国会で、継続審議になった、有事関連法案が4月17日に発表になった時、それを読んで、これはえらいことになった、と思ったのですが、その後政府の答弁を聞く度にますます憂いを持っています。25日の新聞でも、政府が戦争の協力を国民に要請した場合、思想や信仰から協力しないならば、それは国家の制約を受ける。作戦行動にあたって教会・仏閣・神社の撤収除去もあり得るというものです(「思想、信仰、制約も」武力攻撃事態)。

(2−1)記憶の不均衡という暴力

「[9.11]は一つの死に、その死を悼む多くの者達の、それぞれ固有で特別の,悲痛な哀しみがある。……数千人の人間を一瞬にして見舞った不条理な死という出来事の悲劇性が、世界の人々に共感を呼ぶ出来事として共有されたと言えるだろう。だが、一方で、四半世紀前、レバノンで起きた、半年間にわたる攻撃によって4000人のパレスチナ人が殺されたというタッル・ザアタルの出来事について知る者はほとんどいない。あるいは、19年前の9月16日からの3日間、サブラー・ザアタルとシャティーラの両難民キャンプで起きた虐殺についても同様である。それらの出来事は決して、人間の歴史に長く記憶される悲劇として認識されていない。悼まれる死と、悼まれることのない死。」(岩波新書『テロ後』 藤原帰一編、所載、岡真理論文、p.65-66.)。

 岡氏は、悼まれるか悼まれないか、の境目を「記憶」の共有の有無として捉える。

 それぞれの死は、抜き差しならない思いを、死者の親しい者は持っているし、国籍、民族の多様さを含んでいる。境目は「記憶のエコノミーにおける圧倒的な、暴力的なまでの不均衡がある。……グローバルな富の偏在と、この記憶の暴力的な偏在、これは決して無関係ではない」(上掲書 p.68)。

 権力と富を行使する者が「自由、民主主義」として「普遍」としているものと、「テロリスト、原理主義、非文明」として「特殊」の線引きを行っているものと、記憶すべき出来事の間に「普遍」と「特殊」の線引きを行うこととは、同一の暴力的な構造に由来する、と彼女は言う。

(2ー2)「虐殺に沈黙する世界」 エドワード・W・サイードの訴え

 Edward W.Said(1935- )イギリス統治下のエルサレムに生まれる。合衆国に渡りコロンビア大学英文学・比較文化学教授。邦訳『パレスティナとは何か』(岩波書店)、『文化と帝国主義』(全2巻 みすず書房)など、8冊。『戦争とプロパガンダ』(みすず書房 2002/2、表題の論文(9.11前)の他、9.11以後の論文を含む)。

「(世論調査で質問された)アメリカ人のほとんど誰もがパレスティナ人の物語を全く知らないということだ。(1948年の出来事、34年にわたる非合法な軍事占領)……ほとんど非人間化されている。イスラエルのプロパガンダが50年もの間アメリカで反論されることもなくまかり通ってきた結果、いまでは(自分たちのイメージやメッセージが重要な点でこれほどまでにひどく歪められて伝えられていることに対して、わたしたちがきちんと抵抗したり抗議したりしないため)わたしたち[パレスティナ人]が何千という命を失い、何エーカーもの土地を奪われていても、誰の良心も悩ませることもないというところまできているのである。……「世界は沈黙している」……この沈黙を破るのは、どこまでもアラブとパレスティナ人の責任なのである。……近代史に於いてはじめてのことだが、イスラエルとその支援者が作り上げた軍事力と欧米におけるプロパガンダとが積極的に提携し、毎年50億ドルも送られてくるアメリカの税金に支えられて、イスラエルがパレスティナ人に対する集団的な懲罰を継続することを可能にしたのだ。……」(p.10-11)。

3.第三は、戦争があまり好きでない人達です。ですが、第二の人と違うのは、ともかく戦争に協力しないという気持ちや意思を持っている人達です。それなりの勇気がいります。だからいつも少数派です。しかし、実際の戦争があって、その後始末をしなければならない時は、じっと耐えていた自分の場所から出てきて、いろいろ活動をしてくれます。

4.第四は、戦争でいわれのない被害を被ってしまった人です。殺された側の人々です。虐殺された人々。軍事性奴隷、いわゆる「慰安婦」。非戦闘員の被害者。原爆被爆者。少なくとも戦争で生活基盤、親しい人を失った経験の人はこの中にはいるでしょう。

(サイト記)途中割愛


5.さて、四つに区分しましたが、それぞれの境界線がそんなにはっきりしているわけではありません。個々の戦争によっても違います。一人の人が、実際の生活では、いろいろな顔でこの四つの間を行ったり来たりしなければならない事だってあります。

 私は自分のことを考えると、太平洋戦争の時は、子供でしたが、第二の区分「戦争に協力させられる人」に入るでしょう。協力体制内にいました。

 朝鮮戦争では、第三の区分「ともかく戦争に協力しないという気持ちや意思を持っておる人」にまわりましたが、そんなに意思表示をはっきりしたわけではありません。ヴェトナム戦争では、これは明らかに第三の領域にいました。

 反戦の市民運動に加わってきました。私の仕事領域で関わった教会が、まあまあそれを是認して、包んで下さったのも幸いした、と思っています。

 現在のアメリカの多くの教会だったら、反戦運動にかかわる牧師というのは、恐らくあまり歓迎されないと思います。でも私は、細々ですが、ヴェトナム戦争以来、第三区分の所にいます。しかし、まだ、第四区分「戦争でいわれのない被害を被ってしまった人」の所に身を置いているという経験はありません。戦争の直接的被害者がどんなに酷い事かは、体験を聞いたり、情報を自分で捉えたりする以外にないと思っています。

 今日、私たちは「有事立法反対」を想いとしているので、第三区分の所にいます。

 戦争は嫌だ、人を殺す側にはまわりたくない、国際間の紛争は何とか、外交手段によって、いわば「日本国憲法」の前文が言っているような解決の仕方をと願っている人は多いと思います。

 憲法前文はどんなことを言っているかというと「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあるくだりです。

 しかし、これは理想で現実はそうはいかないという人が、日本の国では段々多くなりました。政府は初めから日米安保という条約が行動規範で、憲法は気にしていますが、無視しています。

 沖縄の人は、第二次大戦の戦争の血みどろの体験がありますから、憲法の理想に生きている人が多かったのですが、この頃は、本土からの圧力で生活が体制に屈さざるを得なくなり、戦争の具体的拠点になる米軍基地を抱えながらも、現実路線をとらざるを得ない人が多くなってきました。

 第二・第三区分の関わりは流動的なのですが、アメリカの言いなりになるのではなく、日本は外交でも私たち民間の在り方でも、第三の立場に立つのだ、といういわば主体性をはっきりさせることが、いま一番大事です。

 第三の立場、つまり、戦争には荷担しない、協力しない、ということを貫くには、個人の意思というものも大切ですが、社会の仕組みをそのようなものにしていかないと、なかなか難しいのですが、今はそれとは逆で、戦争がスムーズにできる様な社会の仕組みに変えようという法律がどんどん作られています。

 今度の国会に提出されようとしている「有事立法」というのが、それです。新聞にそろそろ出始めましたが、国会ではもう決まったも同然です。先週日曜日、神戸でもこのことを勉強して、これに反対の意思を示そうという集会をいたしましたが、今では、マスメディアのニュースにもならないくらい、片隅のことになっています。

 つまり、第三の立場に立つということが、ただ気持ちがそうだというのでは無理になってきています。生活の基盤が、第三の立場になれない様になってきているからです。

 それでも、まだまだ第三の立場で、戦争には協力したくない、という人は多いと思います。昼間は仕事で仕方がないが、夜になれば、また休日は自由人として、自分の心に正直に生きようという人達が多くなっています。

 NGOの働きというものは、そのような力に支えられています。教会でもそうでしょう。神戸新聞が私のことを「反戦貫き四半世紀」なんて大袈裟な見出しで、今日の集会の宣伝の看板に使って下さったのですが(神戸新聞 2002年3月18日)、これは私のことではなく、教会に来ている多くの人が、仕事や社会では出せない、心の奥底を、教会に託して表している顔なのです。私の様な牧師を、鷹揚に抱え込んでいる教会の顔なのです。

 私たちが、第三の場所、つまり、人を殺して、それが「正義だとか」「世界の平和を守る」のだとか言う戦争には、手を貸したくない、という気持ちを保つには、何が大事かということをお話ししたいと思います。

 一言で言うと、第四の立場にいる人、つまり、戦争の被害者の気持ちをいつも忘れないことだ、ということです。第四の人達は、戦争がもたらした、親しい者の「死」の悲しみを胸の内に抱えている人達です。

 私が、岩国教会の牧師をしている時、祈祷会で一人の老婦人が証しをして下さいました。彼女は、何を思ったのか、太平洋戦争で戦死をした、息子の金鵄勲章をテーブルに置いて、こんなものが息子に代わるものではない、息子を悼んでオイオイ泣いて、中国やアジアの戦線で人を殺すことが手柄であった戦争で息子が死んだことを嘆いておられたのにはびっくりしました。

 殺す側にいながら、彼も殺されたのだという、戦争の中の屈折した、死を悼んでおられました。この老いた母親は、息子の死をこのように、悼み続けることで、第三の位置に居続けている人だなと思いました。表立って、何か平和の運動に加わる人ではありませんでしたが、私の働きのために祈って下さる方でした。

 埼玉県にある、丸木美術館に行った時、南京虐殺、原爆の図、水俣の図、アウシュビッツの図などを見て、そして沖縄の佐喜眞美術館の沖縄の図を見て思ったことは、この画家たちは、第四の領域の人達、つまり、戦争で殺されても、それを悼んでくれる身近な人々も死んでしまって、だれも悼むことのない人達を悼むことで、いつまでも第三の居場所に留まろうとしているのだなと思いました。

 意志的に第三の位置に留まることは、第四の立場の死んでいった人々への悲しみに心を繋げていないと、いつの間にか、頭で考えている「平和」「反戦」では、持ち堪えられません。そういう意味で。私たちは、殺されていった人々の死をいつまでも悲しむことに、平和への働き、気持ちのありどころを置いていきたいと思うのです。

 広島の平和公園に、納骨堂があります。8月6日には公開されていて、だれでも入れます。たくさんの、骨壺が置いてあります。どこで火葬に付した遺骨だということが書いてあります。引き取り手のない遺骨です。つまり、引き取り手も、死んでしまっているのです。

 広島は、地形から、家族が皆死んだケースが多いと言われています。残った人は、むしろ、郊外に出ていた人で、家族のなかの例外の人でした。これが長崎の様に、山に囲まれていて、死んだ人は、勤めに出て行った人で、家族の多くがの残ったという場合と対照的です。その死を悼んでくれる人があるということは、人間の繋がりの大きな慰めです。しかし、悼まれない死者の死を、人類は如何にたくさん抱えてきたでしょうか。

 先日、神戸で、ゴスペルのグループと一緒に平和集会をいたしました。

 ゴスペルの源流は、ニグロ・スピリチュアルです。わたしは『ニグロ・スピリチュアル』という一昨年出版された、私の知人・北村崇郎さんの本を読みました。この本の主題とは少し別なのですが、この中にアメリカにアフリカから人々が奴隷として捕らえられ売られるために、運ばれた経緯が記されています。いま北朝鮮による拉致問題が、理不尽な人権問題・国家犯罪として叫ばれています。あれと同じ事を、物凄い力でやったのが黒人奴隷問題です。

 965万人が拉致されたのだそうです。その一つ、奴隷船「ブルックス号」の話が載っています。320トン。デッキの下の船室は、床から天井まで50センチ、そこに292人の奴隷が鎖につながれたまま、体を横にして、身動きもままならない姿で並べられている当時の絵が載っています。一日一回、甲板に出されて運動をさせられ、海水をぶっかけられて、排せつ物と汗を洗われたと記してあります。一か月以上の航海で3分の1の奴隷が死んだと言われています。

「病死した奴隷はどの様に扱われたか。死体は次から次へと海に投げこまれたという。僕はサメが奴隷船の後に従い西に向かって泳いでいたという記事にまで出会ったことがある」(p.10)と著者は書いています。だれからも、その死を悼まれることなく死んでいった人々の後に、その悲しみを歌ったのが「ニグロ・スピリチュアル」であることを思うと、文化と言うものは、名も知れない人の死のメモリーとしてあるのだということを思わざるをえません。

「平和を作り出す人々は幸いである」とは、イエスの言葉です。イエスも、弟子たちからさえ見放されて、悼む人の少ない死、十字架の上で死んだ方でした。

 アフガニスタンは、世界から忘れられて、この20数年、戦争の最中にあった国です。どれ程具体的に悼まれることのない死があったでしょうか(キリスト教徒として、イエスがそこで再び十字架に架かっている土地として、心したいと思います)。

 そして、丸木さんのように、戦争の死の悼みから、ものを考えていくことを、私たちのものの考え方の中に宿していきたいと思います。

 それが、今日の集会の意義であると存じます。

 東西の冷戦終結以後、アメリカの帝国主義は、国連や国際法の最低限のルールさえも無視して、軍事力・経済力をほしいままにして、世界を我が物顔に蹂躙しています。強いものがやりたいようにやるというマフィアに似ています。

 アメリカの国務省報道官はテロの定義を『政治的目的のために罪のない人々を殺す行為』といっています。

 これに対して、アメリカの著名な言語学者ノーム・チョムスキーさんは

『大変立派な定義だ。しかし、その定義を使えば、米国は代表的なテロ国家となり、他の大国もテロ国家となる。……ある原則を他者に当てはめるなら、自らに適用するのが最も基本的道徳なのだ。……国家と言うものはテロの代理人なのだ。最も深刻なテロは国家によるテロだということを思い出してほしい。……(そして)日本はこのことをよく知っているはずだ。……1930年代の日本のことだ。」

 と言っています。これは。最近の神戸新聞が載せている記事です。

 この見解から言えば「有事法制」とは、国家がテロを合法的にやる、アメリカ追従の一大イベントです。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」(憲法前文)することをうたった日本国憲法を足蹴りにして、個人の良心まで踏みにじって戦争に動員する「悪い悪い法律」です。

 私は、人を殺すことに自分の人生を使いたくない。

 皆さんも同じだと思います。戦争で儲かるごく一部の人々以外、皆そう考えていると思います。

 戦争で殺される人間が一方にいます。その人達の悲しみに、心を繋げて、この集会を盛り上げようではありませんか。初めのご挨拶といたします。