恵みを心に刻む(2014 信徒講壇 ⑧・収穫感謝)

2014.11.23、 明治学院教会(信徒講壇 ⑧)降誕前 ⑭ 収穫感謝
(配布「聴き手のために」はPDFで掲載)

(日本基督教団教師、前明治学院教会牧師 -2014.3、81歳)

▶️ マルコによる福音書 4章1〜9節(聖書 おはこ ①)

1.今日は、新約聖書の中でもよく知られたイエスの譬え話「種を蒔く人」から学びます。「種を蒔く人」はフランスの絵画ミレーの代表的作品にもなっています。農民の父を思い浮かべて1850年に描いた者ですが、背後には聖書のこの場面があります。岩波書店は店のマークに、彫刻家・詩人の高村光太郎のレリーフを基にした「種を蒔く人」を用いています。また、小牧近江はプロレタリア文学の同人誌に『種蒔く人』(1921)と名を付けました。「種を蒔く人」は日本の文化に溶け込んでいます。

2.イエスはまず、人々の生活の経験を大切に温めつつ教えます。種蒔きは農民の生活そのものです。種が蒔かれて実を結ぶまでには、いろいろな出来事があります。道端で鳥に食われた種(単数形)、石地に落ちて根が伸びずに枯れた種(単数形)、茨の中に落ちて実を結ばなかった種(単数形)、そして良い地で多くの収穫となった種(複数形)は、一つの物語です。

 日常生活の苦労や喜びの全体を含むのが物語です。そこには生活そのものの肯定があります。

 神の福音は、ありのままの「種蒔く生活」が神の恵みとして覚えられています。物語の全体が「恵みの出来事」として語られています。

「種が実を結ぶ」そのことは「生」「生きること」「命」の肯定です。しかし、そこには事柄の順序があります。「苦しいこと」「悲しいこと」「辛いこと」があって「そして」「また」収穫という喜びがあります。

「収穫感謝」は実を結ぶまでの全体の恵みへの感謝なのです。

 NHK朝ドラの「マッサン」も「ウィスキー造りの成功」との結論は誰にも察しがついていても、ハラハラする出来事が次々に起こり、「そして」その次の日もドラマは続きます。「そして」全体がドラマです。

3.この譬えの物語の原文には、「そして “and” ギリシア語の“kai”」という接続詞が21回用いられています。

「朝起きて、そして顔を洗って、そしてご飯を食べて、そして学校へ行きました。」という小学生の作文のように「そして」が繰り返されています。

 新共同訳では「そこで」「しかし」「また」「すると」「そして」と5回しか訳出していません。

 田川建三氏の訳では「そして」を15回訳出しています。そこには、日常生活の時の流れが描かれています。

 鳥に食われた種も枯れた種も結実しなかった種も、実を結んだ種も並列で、物語に組み込まれています。いわば、人生の波風・嵐・平穏も含めて「”そして”恵みがある」という言い方に注目したいと思います。「恵み」は併記された負の事柄を含めての全体を言うのです。

 もちろん「実を結ぶ種(8節)」に強調点が置かれていることは確かです。しかし、物事を繋いだ全体が「恵み」の出来事であります。だから毎日「そして」「そして」とたどるような出来事の連鎖をこそ、恵みとして心に刻みつつ歩みたいと思います。

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