“合同のとらえなおし”は今なお生きている(2014 奥羽・沖縄・講演 ②)

2014.8.18-19、第30回 奥羽教区「教会と国家」セミナー

(日本基督教団教師、前明治学院教会牧師 -2014.3、81歳)

1.“合同のとらえなおし”とは何か

 近代史において「日本本土」は、沖縄との関係史において、歴然たる沖縄支配・差別を行ってきた。新崎盛暉氏はそれを「構造的沖縄差別」という(新崎盛暉『構造的沖縄差別』高文研 2012年6月)、知念ウシ氏はこれを本土の沖縄植民地支配(知念ウシ『シランフーナーの暴力』未来社 2013年9月)という。

「薩摩支配」「琉球処分」「沖縄戦」「米分離軍事沖縄支配」「屈辱的復帰と米軍基地荷重負担」「普天間移転を名目とした辺野古新基地建設」。

 この沖縄差別・植民地化の「日本基督教団版差別・支配」への罪責の自覚・関係再構築の取り組みが“合同とらえなおし”と定義したい。

2.沖縄キリスト教の開始

 ベッテルハイム、1846年から8年沖縄(琉球王国)滞在・宣教。

(サイト記:テキストに補足加えています)ベッテルハイムの宣教を巡っては沖縄差別と結びついた本土の歴史理解について異論が提出されている。2009年に「プロテスタント日本宣教150年」と宣伝されたことは記憶に新しいが、これは米国聖公会の宣教師が1859(明治8)年に日本宣教を開始したことを起源とする考え方であり、ベッテルハイムの沖縄宣教は既にこれに13年先行している。つまり、2009年の「宣教150年」という歴史理解は、沖縄を視野に入れていないことに由来するし、こうした歴史理解を無批判に大々的に喧伝することは、現在・未来も沖縄は視野に入れないと宣言しているようなものであろう。加担せぬよう注意が必要である。更にここには沖縄差別だけでなく、今尚特定の教派や宣教師を持ち上げる権力構造による歴史学支配の問題がある。歴史意識の貧困さと差別や権力の構造を改めて露呈したのが、2009年のイベントではなかったか。ベッテルハイムを排除する歴史理解に対しては、自戒を込めて、「なぜ沖縄を排除?」と批判精神を持つことが不可欠であろう。

▶️ 琉球、アイヌ、歴史認識(2009 望楼 ⑧)

 その後プロテスタント各派の伝道が広がり、戦時「宗教団体法」による統合で日本基督教団九州教区沖縄支教区となる。

 戦後は壊滅の中で、米軍捕虜収容所の中から信徒により教会が起こされる。戦後、日本基督教団は、沖縄(米軍事支配のゆえ)の教会を放置。沖縄各派は、沖縄キリスト教連盟(1946年)、沖縄キリスト教会へ改組(1950年)、バプテスト派離脱(1953年)、沖縄キリスト教団設立(1957年)に至る。1966年、本土側で「関係についての研究開始」、1967年「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」発表。1968年、沖縄キリスト教団との合同決議。1969年2月25日 合同式典。

 1970年、東京神学大学機動隊導入、1972年、第3回沖縄問題セミナー中止。

 1977年「沖縄教区牧師館・会堂再建資金募金」(6年3600万円決議、完了)、社会委員会(反戦地主支援署名をめぐって)から「合同のとらえなおし」の提案。

 1978年「教団問安使派遣」(中嶋、徳永)。1978年、第20回総会、54号議案「合同のとらえなおしと実質化」に関する議案可決。

 1984年「合同とらえなおし実質化の推進」31号議案、「信仰告白」再検討議案32号、可決。「合同特設委員会」設置(委員長・岩井)。1985年、委員会・沖縄教区諸教会訪問。

 1990年「日本基督教団 信仰告白 再検討開始」議案。手続き不備で取り下げ。

 1993年、沖縄教区側「日本基督教団名を日本合同キリスト教会名に変更を可決」、93年6月22-25日、合同問題協議会 於沖縄キリスト教短大開催 157名。

 1996年、沖縄教区43回教区総会で、現「日本基督教団」名を「日本合同キリスト教会」に変更提案することを可決。

 2000年、第32回教団総会、沖縄関連議案集中審議するも継続。

 2002年、第33回教団総会。教団名称変更議案ほかいわゆる「とらえなおし関連議案」を審議未了廃案とする。沖縄教区選出議員議場退席。

 2004年、第34回教団総会に沖縄教区は議員選出せず。「当分の間、教団とは距離をおく」(議長・山里勝一)。

 有志による「沖縄から米軍基地の撤去を求め、教団『合同とらえなおし』をすすめる連絡会」を教団総会会期中に発足させる(代表・岩井健作、事務局長・府上征三)。

 以後『通信』を19号(2014年8月1日)まで発刊。会員数 231名(2006 通信5号)。

 第6号(2006年10月24日)より事務局、日本基督教団紅葉坂教会、事務局長・北村慈郎。

 2011年以降(教団総会第37回)事務局、兵庫教区事務所気付、事務局長・大沢星一、会計・佃真人、庶務・竹内富久恵。

 なお「求めすすめる連絡会」については、『福音と世界』(2005年12月号、特集「沖縄とやまと」所載の岩井健作論考「『求め、すすめる連絡会』とは」がある。

3.「合同のとらえなおし」の思想課題

(岩井健作『兵士である前に人間であれ − 反基地・戦争責任・教会 』 ラキネット出版、2014年、p.202.参照)

3−1.日本の罪責の問題として把握すること

(参照:大江健三郎『沖縄ノート』。歴史認識は「罪責」を媒介にする)

3−2.地域の苦悩を負う

「日本基督教団信仰告白」の告白姿勢を問う(教団を「真の」合同へと止揚する)。信仰告白は状況に対する主体の在り方の表明である場合と「教会」が「異なる信仰(異端)」に対して自己確立する信仰箇条の明確化の表明の場合がある。

 日本基督球団信仰告白の場合、国家(宗教団体法)の強制力が「合同」の「契機」、あるいは「基づき」と表現される出来事によって、後で、教団離脱「会派」を教団統合に「政治的に収斂」する作用があったことは認めざるを得ない(後者の性格)。

 そのような「合同」のあり方を「合同とらえなおし」は含んでいる。「合同とらえなおし」の課題として、この問題を取り上げるのは「信条教会」の性格を重んじる流れの人達には受け入れがたいものがある。沖縄の教会は「信条」よりも、まず「沖縄(という地域・歴史)に立つ教会」を教会形成の第一の課題とする。沖縄の苦悩を共にしないで、福音の生きた理解はできない。

(参照「『沖縄にある将来教会の在り方』答申」2008年2月13日、「沖縄教区・検討する特設委員会」)

3−3.対話の可能性

 沖縄(文化・歴史・思想)は「日本」に多様化をもたらしている。日本の天皇制体制が固定化した内を固める思想(鶴見俊輔「陸の思想」、解放の神学:中ノ瀬神父の言う「三角の思想」)であるとすれば、沖縄は交易の思想(「海の思想・丸の思想」)に特徴がある。「人は海からくる」「むかうかた してな」。教団を多様な対話の「教会」にしてゆく希望がある。

3−4.沖縄の過酷な現実を知る

(参照:新城俊昭『高等学校 琉球・沖縄』改定・増補版 2002年、東洋企画)

 琉球処分以後の「大和」による文化・言語支配、沖縄戦、米軍基地の現実(参照、前泊博盛『日米地位協定入門』)。教会の交流。

戦争責任告白の身体性(2014 奥羽・講演 ①)

命漲る。 奥中山教会、カナンの園(2010 望楼12)

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