体験的教団生活史から“教会”を10分で語る ー 教会とは何だろうか(2010 発題・新教神学セミナー)

2010.4.11、新教神学セミナー

(明治学院教会牧師、76歳)

1.私が受けた体験的教団生活史の二つの特徴。① 聖書学を媒介とした福音理解(イエスとキリストとの違い)の体験。② 貧しく抑圧された者の叫びから問われる歴史の教会の体験。

2.体験的に語るという社会学的方法を「神学的/信条的」に語るという方法とどのように相即させるかということが「教会」を語る課題。

3−1.時系列の体験。受洗は1946年(中学1年)、開拓農村自給教会にて(坂祝教会)。4代(5代)目クリスチャン。昭和初期農民福音学校、戦後農村伝道の系譜の問題意識を継承して「牧師」として献身。これは後、教団の「教会と社会」の関係を基本的宣教課題とする「宣教基礎理論」「宣教基本方策」「教会の体質改善論」につながる問題として自覚化する。

3−2.会衆派の信仰的伝統を受け継ぐ。「信条・信仰告白・神学理念」の敷衍化から「教会の本質」を規定し「教会形成」をする立場には立ってこなかった。歴史概念としての「教会」と神学概念としての「教会」との間の隙間・葛藤・矛盾の諸関係を、実存的に受け止めてゆく現実態としての「教会形成」の歩みを続けてきた。

3−3.神学校は同志社神学部、新約聖書学「エペソ書教会論」。新約聖書の非神話論を学ぶ。招きに応えて、農村ではなく、都市・伝統的教会の「体質改善」に使命を感じ、宣教・牧会に携わってきた(広島流川、呉山手、岩国、神戸)。

4.「教義の大要」では正しいとされながら「日本基督教団」の成立にかかわる、国家権力への「教会」の屈従と、戦時下における戦争協力、戦後の自覚的責任を取らない体質を継承していては、日本基督教団の教師として「宣教(伝道)・牧会」に心が定まらないことを痛切に感じ1966年「教師夏期講習会」で「教団としての戦争責任の表明」を訴えた(内藤協、大塩清之助氏らと。後に鈴木正久氏の「戦責告白」へと展開)。ここで提起されたことは「教団のアイデンティティー」に関わると認識する。

5.70年代の「教団闘争」で問われた問題は、その問題提起を教団の現場を担う立場に立って、受け止めつつ「教団」「教区」での具体的関わりを担ってきた(西中国、兵庫)。他方で問題を全く受け止めず、伝統的教会正統主義に立って、教団で政治的イニシアティブを奪還し、神学的対話を放棄し、開かれた「思想的対話」へと展開しないで、排除の論理で臨む立場の人たちとの「対話」の共通基盤を模索しつつ今日に至っている。

6.今日的課題として「教団とは当分距離をおく」とまで追い込んでしまった「沖縄教区」との関係を修復することが、教団のアイデンティティーの確立に欠かせないことと受けて「求め、すすめる連絡会」に参加している。

7.戒規の問題。何故「セクハラのA牧師」は世俗の司法判決が出ているのに「免職」にならないのに「聖餐を“開いた”K牧師」は「免職」になるのか。教団の組織原理に及ぼす「危険度」の違いによるのであろう。今度のK牧師への制裁は「宗教教団モラルハラスメント」という位相を含む。(参照「福音と世界」2005年12月号、2008年2月号、2009年2月号、拙論)

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