地震と貧困 — いのうえせつこ『地震は貧困に襲いかかる』をめぐって(2008 震災・書評/宣教学 56)

2008.2.29(金)、関西神学塾、「岩井健作」の宣教学(56)

(単立明治学院教会牧師、健作さん74歳)

— いのうえせつこ『地震は貧困に襲いかかる』をめぐって —

1.

 人はたまたま出会う。“いのうえせつこ氏”との出会いも然り。同氏は横浜の「戸塚教会」の礼拝に出席していた。

 4年ほど前であろうか。日曜日招かれて“説教”を終わり、午後の講演では「阪神・淡路大地震と教会」というテーマで話をした。

 ▶️ 一粒の麦(2005 礼拝説教・戸塚教会)2005.3.20

 尾毛牧師から”いのうえさん”を紹介された。戸塚の「ホームレス」訪問夜回りに参加している人だという。にこやかな笑みと同時に漂わせる貫禄に何かただものでない雰囲気を感じた。

 しばらくして、自分のやっている、近所の老人たちの食事会で「地震の話」をして欲しいという。鎌倉市の大船だという。その時は「子どもコンサート」の話をした。それとなくインターネットで検索をしてみたら、ホームページがあって、大変な活躍をしている人だと分かった。

 家庭裁判所の調停委員や元公務員はともかく、著書が多い。

『子どもと虐待』『高齢者虐待』『女性への暴力』『AV産業』『多発する少女売春』『買春する男たち』『敗戦秘話—占領軍慰安所』『女性挺身隊の記録』『新興宗教ブームと女性』『海と緑と女たち—三宅島と逗子』『主婦と新興宗教』『結婚が変わる』ほか。

 1939年生まれ。フリーライターとある。次の年も食事会で「続地震の話」ということで行ったら、今、東京新聞に「弱者を襲う地震」を連載しているという。神戸に取材に行くので、誰か紹介をしてほしいという。菅澤邦明さん、飛田雄一さん、田中健吾さん、河村宗治郎さんなどの名をあげた。

 今年『地震は貧困に襲いかかる—「阪神・淡路大震災」死者6434人』(花伝社、2008年1月17日、1,700円)が上梓された。

 僕が紹介したのは、地震の中で虫けらのように扱われて人権に対抗して運動している人達で、運動論を書くのなら、この人達は外せない、という思いがあった。だが、いのうえさんの関心は「地震で死んだ人は築年数の高い老朽木造家屋にしか居住出来なかった貧困層の高齢者また若年層が多く、その震災死をなくすために、今、どのような視点が必要なのか」というところにあるらしかった。

「格差社会」「都市の貧困」から逆に「阪神・淡路大震災」を検証しようというのが著作の意図である。

2.この本の方法と文献

 いのうえさんは1960年代に5年ほど神戸に住んでいた。土地勘が土台になっている。

 震災を体験したわけではないので、話は徹底して既に発表されている記録・統計・白書・調査報告等の確固とした数字を基礎にして論拠を構築する。が、同時に、体験者の言葉をそこに織り交ぜ、数字の背景に横たわる臨場感のある被災者自らの発言を、13年の時を経た現在をも揺り動かすものとして蘇らせる。

 引用された文献表をみると、109の文献が上げられている。この本は学術論文ではないので、数限りなくある地震研究論文・専門的単著などの引用は少ない。内閣府・消防庁・地方自治体広報課・防災課・対策協議会などの公文書、個別問題の記録(外国人、弁護士会、医療、障害者、生活保護、全葬祭、日本住宅会議、ベトナム人救援、むくげ通信など多方面の分野)、各新聞社の記録集などである。

 特に僕の身近な文献の引用に親しみを覚えた。例えば『地震 地震・教団』『ぼくのこと まちのこと きみのこと—大震災から10年 大地震こども追悼コンサート』『心の傷を癒すということ—神戸・365日』(安克昌)、『生者と死者のほとり—阪神大震災・記憶のための試み』(笠原芳光・李村敏夫編)。

 それと地震以後、日本社会が急傾斜させられている、ワーキングプア、ホームレス、ネットカフェ難民、年収崩壊、格差社会、貧困来襲、さらに女性の視点『女たちの阪神大震災』他の文献がみられる。

 これは、その背景には女性の人権とその解放についての今日までの著者の見識がある。拙著『地の基震い動く時 – 阪神淡路大震災と教会』からの引用がさりげなく入っているところなど気配りの豊かさを覚えた。

3.執筆の方向性

 消防庁が2006(平成18)年5月19日阪神・淡路大震災の被害状況を「死者6,434人」「行方不明者3人」「負傷者4万3,792人」と発表した。

 人的被害を確定するのになぜ11年以上もかかったのか。

 素朴な疑問を解くために、持ち前の行動力を駆使し、著者は関心を掘り下げ、取材を進める。何故これだけの死者が出たのか。行方不明の3名も追跡した(101ページ以下)。そうして、老朽化木造家屋・文化住宅に居住を余儀なくされていた低所得の高齢者、若者にことさらに死は襲いかかった。

 何故低所得なのか。どうして老朽家屋なのか。日本の住宅政策のどの部分にそれは位置するのか。企業の社宅に依存し、その後は持ち家政策(住宅融資)をとり、地震で壊滅を受ける住宅にしか住めない弱者を生み出した住宅政策への疑問を深めるうちに、「格差社会」「都市の貧困」の社会問題にたどり着く。

 1995年はまだ露にはなっていなかったワーキングプア(働いても生活保護基準以下の収入しか獲られない。年収200万円以下)、貧困の問題は、今日、死活の問題になっている。死者を出さないためには、住宅の安全を確保せねばならない。老朽化した木造住宅を賃貸であっても当面少しでも地震に強くする運動を広げねばならない。先ずは、どん底の住居喪失者の出現を阻止し、住宅確保の政策を、行政を動かすに足る市民の意識、力として蓄積してゆかねばならない、といった積極的意図にまで突き抜けてゆく目標を描いた本である。

4.内容の素描

『地震は貧困に襲いかかる —「阪神・淡路大震災」死者6,434人』(いのうえせつこ、花伝社 2008年1月17日 発行)

序章 地震は貧困に襲いかかる

第1章 なぜ、いま阪神・淡路大震災なのか
① 大地震は予知されていた、② どこで被害の明暗を分けたか、③ 家がつぶれて多数の死者が、④ 全国で一千万戸以上があぶない

第2章 死者の数はどのように確定されたか。
① 死体検安書、② 泥だらけの遺体、③ 遺体安置所で、④ 34都府県で火葬、⑤「死者6437人」

第3章 震災弱者
① 震災弱者とは、② 高齢者、③ 生活保護受給者、④ 外国人、⑤ 障害者、⑥ 子ども・若者

第4章 大地震が照らしだす格差社会
① 高齢者の格差、② 住宅の格差、③ 都市の貧困

第5章 震災死をなくすために
① 住宅の安全、② 震災死をなくす住宅を

あとがき

 今日は関西神学塾での紹介・論評。論考なので、「西宮北口」への言及を紹介しておきたい。

 著者の知人に横浜市議(民主党)萩原隆宏氏(2007年当選)がいる。

 氏は阪急宝塚南口駅近くのマンションで被災。半壊扱い。自己負担補修。

「大阪への通勤途上の車中から見る被災直後の西宮北口駅一帯の光景は、一面全壊した家屋で……声も出なかったですね。そんな被災風景と震災をも利益に結び付けようとする企業社会のありかたに疑問を抱き、いま(横浜市議)があるわけです」。

 現在横浜市は「木造住宅耐震化推進プロジェクト」をつくっている。

「どこで被害の明暗を分けたか」(上掲書1章 ②)で「暗」のすさまじさの紹介に西宮公同教会『公同通信』100号(2004年12月7日)の第一面の手記が紹介されている。

 10年が過ぎてやっと当時のことを文字にすることが出来た貴重な文章である。

 須田美代子さん(仮名)は、奇跡的に無傷で助かった長男を除いて、36歳の夫と5歳の次男、3歳の三男をなくした。本人も骨盤骨折で半年入院。次男が通っていた幼稚園園長・菅澤邦明牧師は二人の遺体を仲間たちと掘り起こした。

 手にした資料を、きちんと用いている。

 この本の、読み応えのあるところは、遺体がどのように処置されたかをかなり克明に追っているところである。「検視」と「検死」の実際の状況、「監察医」の不足を述べ81名の法医学会からの応援、「死体検案書」や「死亡診断書」だけで「火葬埋葬許可証」がなくても「特例の火葬」を認めた厚生省通達が県警などの「死者数」の正確な把握を狂わせたこと。全葬連(全日本葬祭業協同組合連合会)の活動の細部や遺体安置所の逸話の収録、全国34都府県での火葬に至る状況の描写は類書にない地震の暗部を描いている。

5.貧困の把握

 著者は2004年以来、横浜戸塚で「ホームレス」支援グループに参加、「全国地域・寄せ場会議」(2006年 神奈川、2007年 大阪[26回])に参加している。そこからの視点で貧しさを見る。

「日本経団連」の労働政策(労働者を3パタ-ンに分類、① 長期蓄積能力活用型1割、②「高度専門能力活用型2、3割、③ 雇用柔軟型[パ-ト]6、7割)やそれに立った政府の「改正労働者派遣法」や「生活保護法」基準の引き下げの現実がもたらす数字を明確に読んでいる。そうして貧困の極限を「住居喪失者」(住民票職権消去を含む)の如何ともしがたい現実を指摘する。

6.

 戸塚の「支援グループ」はこの地区の教会関係者によって構成されている(世話人・尾毛牧師)。私が牧会を託されている明治学院教会は地域教会としては、この地区の教会を構成する。メンバーが個人的に「支援グループ」に参加はしているが、現状、教会が組織として受け止める体質には縁遠い。

 地震は確実に関東地方を襲うであろう。その時「阪神・淡路大地震」で教会が体験したように「教会は地震弱者の友人がいない」という経験を繰り返さないことを願う。

「支援グループ」は、神奈川教区の「寿地区活動委員会」(北村慈郎委員長)と連携を取っている。

「だが人の子には枕する所もない」(マタイ 8:20)といわれたイエスに従う視点から、「地震」をもう一度振り替える促しを受けた本である。

⬅️ 「岩井健作」の宣教学インデックス(2000-2014 宣教学)

⬅️ 2011.3.11 東日本大震災インデックス