一鉢のポインセチア(1996 神戸教會々報 62)

神戸教會々報 No.146 所収、1996年12月22日発行
▶️ 待降節第4主日、クリスマス礼拝説教更に恵みを

(神戸教会牧師19年目、牧会38年、健作さん63歳)

育って実を結び、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。”(マルコ 4:8、新共同訳)


 真っ黒い土だ。

 地名が「黒岩」とはよく言ったものだ。

 岐阜県加茂郡坂祝(さかほぎ)町黒岩。ここが私が洗礼を受けた教会の所在地である。

 創立時は坂祝教会といった。現在は中濃教会と教会名を一層広汎な地域性のある名にして、濃尾平野の中北部の宣教を担う生粋の農村教会である。

 現在の牧師は五代目・大坂正治氏。

 宣教の発端は、昭和初期、賀川豊彦が提唱した農民福音学校にて信仰と農業とを培われた青年・兼松沢ー氏が黒岩の林を開墾し、太平洋戦争後、教会の設立を志して土地を寄贈、土地を耕しての農村開拓伝道に応えたのが私の父・岩井文男だった。

 家族共々東京から移り住んだこの土地は私にとっても、中・高生時代を過ごした大何番目かの故郷となった。

 関係牧師の一人として創立50年の年、礼拝説教の招きを受けた。

 創立時のわら屋根の農家はもうないが初期木造牧師館は現存している。



 瀟洒な会堂が8年ほど前に献堂され、創立時に植えられた、くるみ、ペカン、銀杏などの大木と相まって落ち着いた境内を形づくっている。



 かっての日曜学校生徒は今、中堅の役員として教会を担い、50年の歴史は、新約聖書マルコ4章8節のイエスの譬話そのものを証ししている。

 しかし、一方で、工業化をもって成長発展してきた日本社会の中に、「農」を軸として宣教を展開することの困難さもまたこの教会の50年の苦難の道であったことが肌で感じられた。


 当日の講壇のテキストは言うまでもなく私の生活と信仰の原体験をそのまま語る、マルコ4章1〜9節のイエスの「種まきのたとえ」、題は「種をまき続ける」。

 僕はこのテキストに三点のメッセージを読む。

 第一は「イエスはたとえでいろいろと教えられ」(2節)ということ。

 人の体験は個別である。その個別的体験を包み受け入れ、そこに訴えて、時を越えた永遠の真理との呼応関係を前提とした語りかけの温かみこそ、愛そのものであること。

 そういう意味では、黒岩の土でもって、春夏秋冬、僕の青年前期の生活と心の原体験、人生の知恵と感性が醸成されたことが、信仰による人生といっても過言ではない。

 第二は「種を蒔く人が種蒔きに出て行った」(3節)。

 旧約聖書・創世記2章15節には「主なる神は人を連れて来てエデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた」とある。

 創造物語において人が神から最初に託された仕事は、土を耕すこと。

 この耕すは「仕える、守る」という意味を持ち、「農」を基本とする文化のあり方を示唆する。「農」の危機は文化を危うくする。

 食糧を作る農民が、米軍より人間として上位にあるという信念で戦後50年一貫して反基地土地闘争をやってきた、沖縄の阿波根昌鴻さんのことが思い起こされる。

 イエスが「種まきのたとえ」を語ったということそのものが、恐らく農業の意味することに重きを置かなかったエルサレムの貴族階級の人や学者・パリサイ人への痛烈な批判を含んでいると思える。

 第三に「育って実を結び」(8節)という点。

 大貫隆氏の『マルコ福音書』は、この譬につき、農民の楽天性と非効率的行動を、神の国の核心的部分の譬えとしている。

 神の国を信じて生きることへの促しと励ましがある。


 さて、拙い説教への様々な応答があった。

 ポインセチアの栽培を続けているというO夫人は、この仕事にある種のむなしさを感じていたが、「説教を聴いて、続ける元気が出てきた」といって、記念に一鉢下さった。


 神戸に運んできて、一枚スケッチをしてみた。

 イエスにつながる交わりを覚えつつ。



1996年 クリスマス礼拝説教更に恵みを

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