自衛官「合祀」拒否訴訟 二審勝訴 – さらなる支援を -(1982 中谷訴訟・広島高裁・兵庫教区)

1982.6.30 発行「日本基督教団 兵庫教区 社会部ニュース No.14」所収
(中谷康子さんを支える兵庫の会 事務局長 岩井健作)

(牧会24年、神戸教会牧師5年目、健作さん48歳)


 自衛官「合祀」拒否訴訟の控訴審(第二審)の判決が(1982年)6月1日、広島高裁で出された。

 この訴訟は既にマスコミ等で広く知られるように、国(自衛隊)と隊友会(自衛隊の外郭団体)とが共同して死亡自衛官の亡夫を山口県護国神社に合祀したのは憲法の政教分離原則に違反するとして、中谷康子さん(48歳、日本基督教団 山口信愛教会教会員)が、1973年、国と隊友会を相手取って起こしたものである。

 弁護人には、この領域の精鋭である中平健吉・今村嗣夫・小池健治・中川明・河野敬の諸弁護士がつき、第一審(山口地裁)・第二審(広島高裁)共に心血を注いで戦ってきた。

 支援は山口県下各所をはじめ、広島・福岡・東京に「支える会」が結成され、わが兵庫でも、教区総会(第38回)で支援決議をして以来、「兵庫支える会」を結成、支援活動を続けてきている。

 今回の公判には、全国から百数十人が支援活動に参加した。

 前日夜よりの傍聴券獲得行動、開廷前の支援集会、判決後の市内デモ、裁判報告と全国活動者会議である。

 兵庫からは6名(杉山シズ子、兼清久子、岡千里、鈴木昭吾、北里秀郎、岩井健作)が参加、開廷前からの行動に加わった。


 さて、本件で中谷さんが主張した点が4つある。

 ① 合祀は国と隊友会の共同行為
 ② それ故に政教分離原則違反
 ③ 宗教上の人格権の侵害
 ④ 隊友会は自衛隊のダミーで準国家機関であるから合祀取り消しを
 の諸点である。

 第一審(山口地裁)は、①から③までについては、ほぼ中谷さん側の主張を認めた。

 ④については、隊友会にも信教の自由があって、祀(まつ)る自由があるとした。

 国と隊友会は①〜③につき控訴し、中谷さん側は④につき附帯控訴をした。

 第二審(広島高裁)判決は、国側の控訴棄却で、中谷さんの①〜③の主張を認めた。

 ④については、隊友会県支部には被告適格性がないとの理由で判決を出さなかった。

 言わば、肩すかし判決である。

 結果、全面勝訴とはならなかった。


 これに対して、我々はどう評価するのか。

 今日の靖国公式参拝推進状況から見て、「政教分離」原則を厳しく打ち出したことは、高く評価できる。

 またこれを活かさねばならない。

 我々の周囲には「政教分離」の感覚は乏しい。


 附帯控訴の敗訴については今後に問題を残している。

 中谷孝文さんは護国神社に祀(まつ)られっぱなしである。

 護国神社という軍国日本の精神的支柱として創設された神社の性格を考えれば、問題は未解決な部分を多く残しているし、中谷さんの「拒否」の精神は活かされていない。

 古来、日本の精神風土は、内と外とをはっきり分け、内の中では「和をもって貴(たっと)しとなす」という倫理が働く。

 これは「家」から「国家」までを支配する原理である。

 そして、内なる和を破る”否定の精神”は、排除されこそすれ、受け入れられることはなかった。

「ヤソ」「アカ」「チョーセン」という言葉にそれが示されている。

 こういう排除の論理に”否”を言うことは、個よりも全体を上位に置こうとする人間や社会のあり方への”否”である。

 中谷さんの「拒否」はそのことを、国を相手にして叫んでいる。

 今後、勝訴部分を後退させない戦いと共に、中谷さんの「拒否」を支えて、この訴訟を守ることが大切な点であろう。

 舞台は、最高裁・東京に移る。

 兵庫でも、教区社会部、教育部婦人委員会、各地区、またYWCA、矯風会をはじめ、市民や労働者の力を集めて一層の戦いを進めていきたい。

 ご支援を乞う。

(中谷康子さんを支える兵庫の会 事務局長 岩井健作)


◀️ 「信教の自由」への道、遥か
−自衛官合祀拒否訴訟控訴審にむけて−(1979春 山口地裁)

◀️ 自衛官合祀拒否訴訟雑感(1979秋 広島高裁)

▶️ 坂道(1988 神戸教會々報 ㉛・中谷訴訟・最高裁)

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