1975年12月28日 岩国教会週報
「先週(クリスマス)説教より」ルカ2:8-15
(岩国教会牧師11年度、健作さん42歳)
羊飼いは民衆であり、また夜間に起きていたという意味では、民衆の目覚めた部分を象徴している。しかしイエス誕生の「その出来事」(ルカ2:15)は、その目覚めた者たちすら知らない間に起こった。私たちの生活経験からも、愛は子への親の愛のごとく、知らない間に自分のために払われた労苦、代償といったことが決定的な重さを持っていることに気付かされる。
韓国の抵抗のキリスト者文人・咸錫憲(ハン・ソクホン)氏は「民衆の悲しみ」(『死ぬまでこの歩みで』p.325、新教出版社 1974)の中で、「種子の思想」を述べている。根も幹も枝も、まして葉や花が育たぬところで、なお種子としての希望を持ち続ける背後には、大地が種子を育む力のあることへの強い信念がある。「地には平和」(ルカ2:14)とはそのような深い信頼を示す言葉である。
讃美歌115番「ああベツレヘムよ」には「ひとみな眠りて 知らぬ間にぞ み子なるキリスト 生れたもう」とある。目覚めていると思っている人間さえ知らぬところで、神の福音は出来事として起こっている。このことが私たちを勇気づけ支えている。
(1975年12月21日 クリスマス礼拝 岩井健作)
1975年12月21日 クリスマス礼拝 岩国教会週報


