励ましとしての情報(2016 もう一つの礼拝説教)

マルコ 4:1-9
2004年6月(当時、川和教会代務牧師退任後)東京復活教会での礼拝説教。12年後の2016年10月(当時、明治学院教会牧師退任後)東京都民教会での礼拝説教用に準備し、都民教会ではおそらく語られることのなかった説教。

2016.10.9、東京都民教会 礼拝
2004.6.27、東京復活教会

”種を蒔く” マルコによる福音書 4章1〜9節(聖書 おはこ ①)

(日本基督教団教師、牧会58年を経て、83歳)

讃美歌21-418(キリストの僕たちよ) 

 ある夏、私は田舎の山の木々の深い森を散策していました。そこで「森は生きている」という素敵な言葉に出会いました。なかなか文学的です。マルシャークの作品の『森は生きている』(岩波少年文庫 2000)という美しい物語を思い出しました。立て札には「OO自然を守る会」とあります。しかし、少し離れたところにある、行政の「廃棄物不法投棄禁止」との別な立て札を見て、「森は生きている」という言葉は、文学的メッセージではなく、森の生態系の説明の言葉でもなく、森を傷つけて平気でおれる人への怒りであり、抗議であり、叱責であることに気が付きました。

 言葉は関係の中で意味を持つものでありますから、「森は生きている」は、ある場合には、戯曲の題になりますし、ある場合には、学校の自然についての授業の中の文章の一節になります。しかし、廃棄物不法投棄の現場で用いられれば、実践的な戦いの言葉になります。

 社会学者・見田宗介さんに『現代社会の論理』(岩波新書 1996)という著書があります。ここで情報には三種類ある、といっていることを思い起こします。

 第一は、知識を集めるための情報。認識情報。
 第二は、聞いたら何かせざるを得ない情報。行動情報。
 第三は、その情報に何かの効用がある訳ではないが、喜びそのものである情報。「美としての情報」。
 社会学の概念を、信仰や神学の領域に類比させることはかなりの冒険ですが、言語形式に援用するなら、第一の認識情報は、神学の体系・叙述の方法において、事柄を伝達する説明の手段。第二は倫理的戒め。第三は、象徴言語だといえます。

 例えば、「教会はキリストの体である」(エフェソ 1:23、コロサイ 1:24、後代の信仰告白)という言葉をお聞きになったことがあると思います。これは、一見キリスト教の教義の説明句のように受け取れます。もともと多様なニュアンスを含んでいます。パウロは、コリント第一 12:12-31で「体」「キリストの」「一つの体、多くの部分」の言葉を用いて「教会」の在り方を語ります。しかし、パウロはここで、大学の講義のように教えているのではありません。コリントの教会がどのような教会であったかを考えればパウロの言葉は「行動情報」です。「キリストの」という言葉は、パウロなりに独特の意味を持っています。イエスはキリスト(つまり、救い主・メシアである)というのは、ごく初期の教会の信仰告白です。キリスト・救い主という言葉に盛り込まれた意味は、長い教会の歴史の中で、いろいろに変化していますし、また初代の教会でも様々な理解が混在共存していました。

 古代から中世の教会では熾烈な「キリスト論論争」というものがありました。16世紀の宗教改革以後の正統派の教会は、イエスの生涯の意味、つまりイエスが救い主であることを「贖罪(しょくざい)論」的に理解しています。現在の『日本基督教団信仰告白』も、その流れを汲み、イエスとは誰かについて、このように告白しています。[御子は我ら罪人の救いのために人と成り、十字架にかかり、ひとたび己を全き犠牲として神にささげ、我らの贖いとなりたまへり]。

 パウロが、コリント人への手紙の中で「キリストの体」という場合には、このような意味とは少し違った意味です。「罪を贖い取られた共同体」という意味が全くないかといえば、そうとはいえません。24節には「神は見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました」とあります。22節には「体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです」といっています。そのようにいうのは、既に神の愛によって贖いとられた、という面よりも、むしろ、これから最後の救いに与かる者とされるであろうことを信じることにおいて、あなたがたは「体」なのだというキリストの働きによって開始されている神の終末論的救いが強調されています。

 コリントの実際の教会を見ていると、神がキリストによって成し遂げた救いとは、ほど遠いように思えるが、でも「キリストの体だ」といわざるを得ない。ゴミを棄てる奴がいる、でも「森は生きているのだ、やがてゴミをこんなところに棄てる人がいなくなる社会を信じているんだ」、だから「ゴミを棄てるな、森は生きている、森は喘いでいる、森は苦しんでいる、森にゴミを棄てるな、森は生きている」こんな意味で、パウロも叫んでいるのだと思います。

「あなたがたはキリストの体だ、だから少しは、違った人がいることを考えろ、何か偉い者のように振る舞うな。働きや役目がみんな違うのだ、パウロの信奉者だ、アポロの信奉者だと派閥を作るな、最後の最後には皆救いに与かるのだ」という、かなり挑戦的な命題が「キリストの体」には含まれています。

 そこには教会を固定的に捉えるのではなくて、神の業が今も成し遂げられていく、その都度、姿が現れるものだ、という捉え方があります。パウロは、教会をあまり理念的には捉えていません。そんな余裕がないほどに、実際の教会の開拓をした人です。そういう意味では、「キリストの体」は、単なる説明文・認識情報ではなく、行動情報であると同時に、喜びを伝える「美としての情報」として「あなたがたはキリストの体」なのであると励ましているとも取れます。つまり情報は、発信者の意図と同時に、受信者の関わりも加わってその質が決まるのです。情報化しないで聖書を語るのは「テキスト・ファンダメンタリズム」であり「信条ファンダメンタリズム」です。

 さて、今日選びました聖書のテキストは皆様がよくご存じの、マルコ4章1節以下の「種まきの譬え話」です。

 2節に「イエスは”たとえ”で”いろいろ”教えられた」という言葉があります。これはなかなか意味の深い言葉です。

 ここには二つの大切な事が含まれています。

たとえ

 一つは「たとえ」という伝達方法が持っている豊かさです。

「たとえ」というのは、あることを説明するのに、相手がよく知っている事柄を持ち出して、その経験に訴えて、相手がまだよく知らないことを伝えようとする、伝達の方法です。言葉でできる説明を遥かに超えている「イメージ」による伝達です。

 電車のなかで何とはなしに聞いた、小学生の女の子の会話です。

「あなたのとこのお父さんはどんな人?」「うちのパパはね、パンダみたいなの」。これで家庭での親子関係、ふんわかとしたお父さんの雰囲気が伝わってきます。

 イエスは「神の国」のことを、説明で教えたのでもなく、論理で教えたのでもなく「たとえ」で教えた、という所に強調点があります。実は「神の国」という彼方の事柄(真理)を、この世の現実に伝える方法としてイエスはこれを最善とされた。

 イエスの時代、ユダヤの国の宗教と政治の実権を握っていた指導者たち、パリサイ派の学者たちは、律法を教え、律法を守らせる事で「神」の事を教えようとしていたのです。しかし、律法には忠実でも、心の冷たい人たちでした。神を知るのに「律法を守れ」という命令は、厳しいものでした。それに対して、イエスは相手の経験に寄り添う様に、神のことを「たとえ」で語ったのです。

 イエスが教えた人々は、農民であり漁民でした。

 この事は、よく考えてみると、種蒔きの経験のある人には、イエスの語った「神の国」の事はイメージとして伝わったのです。しかし、種蒔きの経験のない人には「あなたがたにはイメージが浮かぶかな」という批判が込められているという事にもなります。

 政治や宗教の中心であった都市・エルサレムにいた律法学者は、律法には精通していても、きっと種蒔きなどした事がなかったと思います。だから、ここにある<たとえ>からはイメージが伝わらなかったのではないかと思うのです。イメージで大切なことが伝わるというのはとても大事なことなのです。

いろいろ

 二つ目は「いろいろと教えられた」という事です。

「いろいろと」というのは伝えられるイメージの豊かさを言っています。同じ<たとえ>でも受け取るイメージは受け取り手で様々です。それでよいのです。

 先生が「草の葉っぱは何色でしょう?」と子どもに聞きました。生徒の1人が即座に返事をしました。「紫!」。先生は困ってしまいました。ほんとうは「緑」を答えに予想していたのです。しかしそういわれて見れば花壇の蘭(ラン)の葉は紫でした。その子にはその印象がとても強かったのです。「いろいろと」というのは、イエスは聞き手の経験している事の多様さを肯定しているのです。イエスは話を聞いていた人達の日常の経験のすべてを受け入れているという事です。言い換えれば、イエスに接する者は、その人生経験の全体が受け入れられているという事です。そのすべてが「神の国」とは何かの伝達の通路になっているのです。種蒔きの経験のある人は、その失敗をも含めて受け入れられているという事です。「いろいろと」は経験の個別性が受け入れられているという事です。

 個別の経験と申しました。そこにはプラスもありマイナスもあります。そのすべてが<たとえ>になるのです。「神の国」といういわば「真理」の出来事が、それを写し出している私たちの現実の経験の中に相関関係を持って起こっているということです。

 彼方の真理、神の国の真理、神の命、と我々が経験することが、<たとえ>になっているという事は、丁度天秤の秤の様に、右と左が釣り合っているということです。<たとえ>は英語でパラブルといいますが、これはパラ(傍らに)ボレー(置く)というギリシャ語から来ています。彼方の真理の傍らに、此なたの経験を置いたのが<たとえ>ということです。

 釣り合っていることをアナログといいます。類比されているということです。私たちは「真理というもの」はこれだ、という具合にはっきり掴みたいと思います。デジタル(デジットは指し示すという意味)で把握しようとします。「神は愛である」ということを聞くと何か分かった様な気がしますが、それはデジタルな分かり方です。私たちに人を愛することができた時、何となく嬉しい気持ちがします。実はその経験のなかに神の愛が宿っているという様に感じるのは、アナログ的理解の仕方です。「いろいろと」というのは、そのように私たちの小さな歩みが支えられるということです。

励ましとしての情報

 さて、このイエスの譬え話には、当時の農民の楽天性が描かれています。新約聖書学者の大貫隆さんによれば、パレスチナの麦作りには、二通りあるそうです。畝を作って撒くというのが冬の方法だそうです。夏はバラ撒きだそうです。ここのお話は、夏撒きのお話です。種が道端に落ちたり、石だらけの土の少ない所に落ちたり、茨の中に落ちたり、あまり頓着しない所に、農民の行動のそこの深さがあります。30倍、60倍、100倍というのは少し誇張があって、これは旧約聖書の創世記 26章12節の「イサクがその土地に穀物の種を蒔くとその年のうちに百倍の収穫があった」という表現を受け継いで、神様が祝福されたということをいっているのだそうです。実際は10倍あれば上出来で、7.5倍位だそうです。大貫さんはの譬え話が示す所をこういっています。

「貴重な種が無駄になることを気にしないこの農夫の気前よさ、損失の危険をおかす意志、最後に巨大な実りがあることを信じる楽天性、一言でいえば、非効率的行動である」

「神は、人間の効率(効果がよく上がること)でものをお考えにならない」

「非効率をも含めてお考えになる」ということです。

 そこが、「神の国」の比喩になっていることを、この<たとえ>は語っています。でも、実りはちゃんとある。ここの所に、実を結ぶ種の不思議さがある、というのが、この農民の経験と釣り合っている神の国の真理です。この譬えは、どのように解釈されるかが問題なのではなくて、この譬え自身が「励ましの情報」なのです。

サツマ芋・中濃教会(旧坂祝教会)

 私は少年の頃から、このたとえ話が大好きでした。自分の信仰の養いの原点になってきた様に思っています。

 私が少年から多感な青年前期を過ごしたのは農村です。中部教区、岐阜県の中濃教会です。その教会は1946年、今から70年前に創立されました。私は、その教会の創立の日に洗礼を受けました。

 その教会は、戦後私の父親が、1人の農民の信徒の信仰の熱意に動かされて、農村・開拓・自給伝道で生まれた教会です。その牧師家族として経験した農村生活には、戦後直後という時代の厳しさもあり、つらいことも多くありました。しかし、それ以上に、広大な自然の中で、農作物を作り、家畜を飼うという生活がもたらした豊かさは、私のものの考え方、聖書の理解の仕方、社会の見方などに決定的な影響をもたらしました。

 その当時、その地方の、畑作農家(つまり田圃を持たずに、開拓された畑だけで、生計を立てていた農民)は、表作、春から夏はサツマ芋、秋から冬は、小麦・大麦を作っていました。

 サツマ芋が労働と手間にたいして如何に価格が安いかを身をもって知らされました。それは、貧しいものと富める者ができてしまう、社会や経済の仕組みや構造を、私が学ぶきっかけになりました。

 それに対して、裏作の麦は、逆に、種の持つ生命力、成長する力、収穫の豊かさ、など、自然がはぐくむ感性を養われるものでした。

 それは、麦蒔きをする時の、種麦のふっくらとした感触や、凍てついた冬の麦畑に、青々と根を張る麦の逞しさ、そうして春・麦秋の季節、黄色く実った麦の穂からこぼれる様な麦の香りと口に入れた時の甘み、粉にした時、うどんやパンになった時の粘りや豊饒な味。それらは、忘れることのできない豊かな感性として与えられたものでした。これは、私の人生に神からの「所与の恵み」だと思っています。

 私は今は、一つの教会の牧会を持ってはいません。肩書きは何かと聴かれると「日本基督教団牧師」だと答えています。

 それは、今でも、この種蒔きの<たとえ>と共に自分があるからです。

 実らなかった種になぞらえられる、たくさんの失敗、痛み、損失、非効率性、拭い得ない影、人に負わせた傷、イエスの十字架の死に引き寄せられる不条理に繋がる出来事、こういうことは負いきれない「罪の値としての死の陰」として、常に忘れることなく抱えています。でも「種が実を結ぶ」ということは、私の人生の経験として、動かしがたい喜びです。それは、どんなに世界の出来事が暗いときでも、なお希望を抱いて歩もうという促しです。

 歴史の中を歩む教会は、それぞれに辛いことを背負って立っています。しかし、一つ一つの局面で、神の賜わる実りを豊かに受ける所が教会であることをしみじみ味わっています。そして、日本基督教団という教会であると思っています。

(12年前 2004.6.27、東京復活教会 礼拝説教で語られた部分)

 東京復活教会のことについては、ほとんど知らないといってよいと思います。しかし教団の中にこういう形と、こういう信仰を持った教会が存在するということは大いなる励ましです。私にとっては「励ましの情報」です。田村先生から送られてきた週報の「窓」は、この1年3か月分は全部読みました。983号にこの教会の存在意義が自問され、教団教区だけではなく、また外に対しても情報を発信し続けていく教会でありたいといわれています。この教会が個性豊かに歩まれんことを切に祈ります。

祈ります。

 私たちの父なる神様。今日は東京都民教会のみなさんと聖書の言葉を学ぶことができて感謝いたします。この教会の希望を大きく育んでくださいますようにお願いいたします。教会の枝につながる1人1人の兄弟姉妹をお守りください。世界を覆う暗闇がますます深い時代です。この教会を世の光と為さしめ、福音の種が実を結ぶ拠点とならしめて下さい。主イエスの名によって祈ります。アーメン