剣を取る者は皆、剣で滅びる(2013 礼拝説教・慰霊の日)

2013.6.23、明治学院教会(314)聖霊降臨節 ⑥
「慰霊の日」沖縄全戦没者追悼式の日

(単立明治学院教会牧師8年目、健作さん79歳)

創世記 9:6,7、マタイ 26:47-56

1.「剣を取る者は皆、剣で滅びる」

 福音書のイエスの逮捕の場面で、マタイにのみ出てくる言葉。当時の格言であろう(橋本滋男:同志社大学名誉教授 新約聖書学)。真性のイエスの言葉ではない。剣の行使を戒めた思潮である。

 類似の思想には
「人の血を流す者は、人によって自分の血を流される」(創世記 9:6)、
「剣で殺されるべき者は、剣で殺される」(黙示録 13:10)、
 がある。

「剣」に関しては、「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする」(ミカ書4:3、イザヤ書 2:4)の句が、預言者によって戦後の国の指針として示されている。

 イエスはこの系譜にある(マタイ 5:9)。

2.この聖書の言葉に体を張った人 – 阿波根昌鴻

 阿波根昌鴻(あはごんしょうこう 1901-2002)。沖縄本島の本部町に生まれる。県立嘉手納農林学校を休学(神経痛)、別府で温泉療養、高砂町のホーリネス教会・大沢牧師宅に約1年世話になる。この間、入信、受洗17歳。後に大阪、上京、関東大震災に遭う。1925年(24歳)移民募集に応じてキューバ、後にペルーに。1934年(33歳)帰国、京都一灯園に西田天香を訪ね、後に伊江島に住み、デンマークの国民高等学校に模して農民学校建設を志す。

 1945年(44歳)沖縄戦で一人息子を失い、戦禍を目の当たりにし、反戦平和のために闘うことを決意。米軍占領下の伊江島土地闘争では常に先頭に立った。

「剣を取る者は皆、剣で滅びる」の聖句の碑が闘争小屋の前、及び資料館入り口に記録されている。復帰後も一貫して軍用地契約に応じない反戦地主として闘い、1984年(83歳)反戦資料館「ヌチドゥタカラ(命こそ宝)の家」を建設・主宰、反戦平和活動をする。
(現在は財団法人「わびあいの里」が運営・謝花悦子常務、「心の反戦地主」の会主宰)

著書『米軍と農民』(岩波新書 1972、71歳)、『命こそ宝』(岩波新書 1992、91歳)。

語録。「人間性においては、生産者であるわれわれ農民の方が軍人よりまさっている自覚を堅持し、破壊者である軍人を教え導く心構えが大切であること。原爆を落とした国より落とさせた国の罪は大きい。」

3.私と阿波根昌鴻さんとの出会い

 米軍基地問題への目覚め ー 岩国。

 ベトナム戦争時、反戦米兵支援に関連して初めて沖縄を訪問。以後、沖縄の歴史、本土による差別、基地問題を学ぶ。
(国土の0.6%の沖縄に米軍基地の74%、危険・騒音・犯罪、地位協定による憲法の及ばない治外法権、本島は18%が基地、加害者性、本土との関係では「構造的沖縄差別」新崎盛暉/「犠牲のシステム 福島・沖縄」高橋哲哉)

1970年代、沖縄訪問の際、伊江島に阿波根昌鴻さんを訪ねる。

沖縄のことを本土の人に伝えて欲しい」と言われた。

4.

 今、自民党の改憲案は「9条2項、陸海空軍その他の戦力は保持しない」を「9条2項、国防軍を保持する」に変えようとしている。

(「9条くらぶニュース 第54号」上倉田、小田急団地で発行、この教会のメンバーも参加)。

 聖書の「剣」は、今の日本では「国防軍(自衛隊の軍隊認知)」として見えてきている。

 今日6月23日は<沖縄戦終結の日>が「慰霊の日」とされた日(沖縄県条例)。

「沖縄戦で地獄を見て、生きる希望さえ失っていた太田(昌秀・元県知事)は、本土から密航船で運ばれてきた憲法のコピーを無我夢中で書き写した。……沖縄県民は憲法を求め……権利を一つ一つ勝ち取ってきた。……改憲されたら沖縄の戦後の苦労が消えてしまう」(東京新聞 6月20日)。

 沖縄への罪責を自覚する意味を含め、改憲阻止は我々(キリスト者)の責任であろう。

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