子育てと聖書(2013 礼拝説教・Ⅰコリント・保育園)

2013.1.20、明治学院教会(300)降誕節 ④
センター試験のため、於 YMCAとつか保育園

(明治学院教会牧師、健作さん79歳)

出エジプト 20:1-17、Ⅰコリント 3:6-7

成長させてくださったのは神です”(Ⅰコリント 3:6、新共同訳)

1.いのち

 今日は大学が「センター試験会場」でチャペルが使えないので、ここの保育園をお借りしての礼拝です。感謝です。このホールで私は月1回、ここの3歳から5歳の園児に「幼児礼拝」のお話をさせていただいています。

 大きな意味では、聖書の価値観が子供たちを通して、家庭にまで伝わるようにという祈りを持っています。

 聖書の価値とは何でしょうか?

 端的に「お金」ではなく「いのち」が大事だということです。「いのち」とは聖書ではイエスの言葉にあるように、「神を愛し、また隣人を自分のように愛する」(マルコ 12:33)という「(人格の)関係に生きる」ことです。

 これはもともと「十戒」(出エジプト 20:1-7、讃美歌21−93番3節)の精神です。イエスはこれを「愛神愛隣」に簡潔にまとめました。ちょっと難しい表現をさせていただくと「お金」は対象化(物化)された価値です。

「いのち」は対象化されない「人格の関係(愛)そのものを築く」ことです。それが「神の創造」・「イエス・キリストによる和解」・それ(恵み・福音)に基づく「倫理(モラル)の構築」といった出来事の総体を含んでいます。

 幼児礼拝では、子供たちに聖書のイメージが残るように、僕の手製の木の「十字架」をおき、ローソク(世の光の象徴)を灯し、聖書を開いておいて、お話をします。

2.挑戦として

 日本の近代化は「富国強兵」が価値観であり、現今の権力者側は日米安保に基づく「新自由主義」と「軍事」優位の価値観です。

 しかし、もう一方で、第二次大戦(太平洋戦争)の犠牲を基に出来た「日本国憲法」の国際平和主義・主権在民・基本的人権の尊重・政教分離の価値観を実現するための闘いが続けられています。

 この「憲法」は聖書の価値観のバリエーション(変化)だと私には考えられます。

 そういう意味で、たとえ幼児へのお話といえども、歴史の文脈を底流に意識して、怒涛のような世俗の「お金」を中心とした「競争・差別・軍事(核)」の価値観への挑戦として、続けさせていただいています。

3.子どもたちを通した豊かな恵み

 42年間(1960年-2001年)、幼児教育に携わらせていただいた間に、たくさんの恵みを受けました。

 思い出、エピソードは尽きません。

 3歳児の「ふみあきくん」が、ホームで発車までの間、手を振って園長を送ってくれた姿が目に焼き付いています。

 お母さんが、次の子の出産で、送り迎えは郷里から来た「おばあさん」がしていました。

「この子はこの頃、おうちで幼稚園でするお祈りをちゃんとするんですよ」

「毎日絵本を園から借りて私も読み聞かせに動員されています」

 祈りの手は宗教性(謙虚)を、本をしっかり抱える手は自立性(ひたむきさ)を、そして、園長にいつまでも振ってくれた手は社会性(やさしさ)を表しています。

 骨格の太い心の成長をしている子です。

 家庭がキリスト教教育を信頼しているからこそ、実っているのです。

成長させてくださるのは神です」(Ⅰコリント 3:6)という聖書の言葉が身に染みます。

 明治学院教会が地域のYMCA保育園と関わりを持っていること(大学のチャペルで保育園のクリスマスが行われている等)は、神の恵みだと感謝しています。

 この保育園の園児・家庭・職員(保育者)に神の導きと祝福をお祈りします。

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