「望楼」 沖縄を語る言葉

2011.9.3 キリスト新聞

「本土の人間に沖縄を語る言葉があるのだろうか」との問いは作家大城立裕氏のものだったと思う。その棘を覚えつつ記す。「最低でも県外」がアメリカの恫喝に屈したその次の首相も、代替えは辺野古にという「日米合意」を残してまた辞める。

 3・11以降、本土のジャーナリズムは黙して「沖縄」を語らない。民衆も沖縄を忘却する。その本土の一人として沖縄を想う。

 昨年の「4・25県民大会」以来沖縄は新たに目覚めた。「辺野古に基地は作らせない」と宣言する稲嶺進名護市長に、政府は米軍再編交付金を止めた。だが市長は先手を打ち、基地に依存しない「六次産業構想」を出した。名護市民は東北への義援金2千万円を集めた。本土からはふるさと納税制度を利用したカンパが3ヵ月で3千万円寄せられた。政府への民衆の怒りの表れだと市長は言う(『世界』9月号)。

 知念ウシさんは「沖縄人の『精神の植民地化』を怒り、悲しみ……それよりも日本人の『精神の占領』問題のほうがもっと深刻なのではないか」(知念ウシ『ウシがゆく 植民地主義を探検し、私をさがす旅』2010年 沖縄タイムス社)と指摘する。この厳しい言葉を抱きつつ、なお沖縄に心を開いていきたい。(健)



ウチナー(沖縄)とヤマトゥ(日本)の政治的関係を沖縄の自立性の視点から鋭く解剖し、基地問題の根底に、日本の沖縄植民地支配、日本人の見て見ぬふりをする姿勢が横たわっていることを暴き出す。ウチナーのため、そして次世代のために苦闘をつづけてきた二十年にわたる思考の痕跡を結集する。沖縄をめぐる言論に根源的な問いを投げかける論集。(「BOOK」データベースより)

『闘争する境界』につづき、PR誌「未来」の連載「沖縄からの報告」から最近の2年間分をまとめる。普天間基地の移設問題、オスプレイ配備問題、竹富町の教科書問題など、政治・軍事から教育・言語にまでわたって、沖縄の大地と文化を収奪する日本の「植民地主義」を批判し、「脱植民地」の思索と実践を報告する。知念ウシ=石田雄往復書簡も収録。(「BOOK」データベースより)