日本基督教団を問う −〝地震〟〝原発〟〝沖縄〟そして特に〝教師免職〟(2011 宣教学 61)

2011.3.27(日)、東日本大震災から2週間、
おそらく関西神学塾、加筆修正された版かもしれません。
「岩井健作」の宣教学(61)

(単立明治学院教会牧師、健作さん77歳)

1.

 この度の「東日本(東北関東)大震災(マグニチュード9.0)」は、予測をはるかに超える驚くべき大津波を伴ったゆえの天災と、エネルギー問題への警告を発してきた多くの人々の声を無視してきたがゆえに起こった原発事故という人災を伴ったために、世界がかつて経験したことのない規模の災害が進行している。

 死者・行方不明者は2万7千を超えるであろうと報道され、海岸の街々そのものの壊滅、特に「福島第一原発」の放射線被害による地域社会の集団移住をも伴って、人体・生活・経済の被害は日に日に拡大し深刻化している。

 亡くなられた方々への哀悼と共に、悲嘆のうちにある家族に天来の慰めを祈る。かつ筆舌に尽くし難い家族・居住・健康・生活・産業・地域社会の破壊という被害の現実にさらされるままなる被災者に心からのお見舞いを申し上げる。

 さて、私たち日本の市民は十数年前「阪神淡路大地震」を経験し、地震が弱者・貧困者により大きく襲いかかることを体験し、日本の近代の強者、力のあるものの新自由主義による競争社会の虚構性が深く問われたことを思いながらも、それでもいわゆる経済発展第一主義を表に掲げた「復興」を許してきてしまった。近代主義の価値観の根底を大きく問えないままに、貧困と弱者を澱みのように沈ませて、神戸など都市の「再建」がなされた。そのことに痛みを覚えつつ深く顧みながら、この度の震災は、もはや世界的に経済も政治も、かの時のような勢いを失いつつある時期に起きた地震である。特に、原子力に頼るエネルギー問題が世界的規模で問われている時期の出来事である。しかも、日本は広島・長崎の原爆被爆を経験した唯一の被爆国であり、核兵器廃絶を訴え、原発によらないエネルギーを率先して主張すべき潜在力・説得力をもつ国である。また、憲法9条と25条を価値基準として掲げることができる国である。この震災の苦難を、草の根の民衆の助け合いと、死者の存在の重さを負って、その死者の彼方からの声を告げる意味でも、世界の民衆が注視している中で「いのちとくらしを守る」価値観を発信する責任を我々はもつ。市民・大衆・民衆・住民が自らの主体的あり方を明示する機会でもある。被災弱者がお互いに助け合い、支え合い、命を救い、命を守る、まさにその共同性の場に、イエスが共にいまし給うことを告げるのが、聖書の信仰であることを自覚したい。

 阪神淡路大地震の際も、最底辺を生き延びた被災者は、お互いに苦難を共にしつつ助け合った。この度も、苦難を生きる力は、人と人との支え合いにある。「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さいものの一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ 25:40)を単に教会内の出来事ではなく、「神が愛し給う世界」の現実の出来事として信じ、見るならば、そこには大きな希望が開けると信じる。

2.

 しかし、現実の日本基督教団(以下「教団」)が立ち上げた「東日本救援対策本部」なるものは、「命を守り、命を救う」というスローガンを、それは「人道」になってしまうと切り捨てて、「まずもって『教会』を再建させてこそ、(次に)命が救える」といった議論があったやに漏れ聞いている。もし、そのような「救援活動」が教団内で展開されるならば、我々はそれを厳しく批判する。

 教団の現在の執行体制は、神自らがこの世の苦難をイエスの十字架の姿で共に負い給うという、「神の宣教(ミッシオ・デイ)」(参照:岸本和世「『神の宣教』とは何か」「福音と世界」2009年1月号)の神学的発想を極度に敬遠、忌避するため、そのような神学的対話を一切拒み、社会や「この世」とはほとんど接点をもたない「教団信仰告白」を自己完結的に信奉する(彼らは「神の宣教」は教会の解体をもたらすという恥さらしな誤解を述べる)。

 この「信仰告白」からは「この世の出来事」との対話は望むべくもない。

 それゆえ、地震という自然現象、及びそれがもたらす事件を「神の出来事」と関わらせて思考する通路をもたない。それは「まず教会の建物」という矮小化された思考をしか生み出さない。これは一種の宗教的根本主義(ファンダメンタリズム)である。この思考は、過去「教団第33回(合同後18回)総会」での「沖縄キリスト教団との〝合同のとらえなおし〟」関連議案を審議未了廃案の扱いにさせた観念思考と相通じる。これは、「キーワード」は「沖縄」として、沖縄の歴史的現実をありのままに受容して、その苦難とともに歩もうとする沖縄教区の「『沖縄にある将来教会の在り方』答申」とも、もちろん接点をもたない。「沖縄の教会」を無機質な「信仰告白的〝現実〟」に統一しようとする暴挙・愚挙を露呈するのみである。賢明な沖縄教区は「当分距離を置く」として、「教団」との関係を保留している。教団現執行体制がとっているこのたびの震災への「教団・救援対策本部」なるものの意識や体質は、「現実」と「観念」との逆立ちを意味する。そのことは、現在教団をいちじるしく混乱させている北村慈郎教師の「教師免職」の問題の本質でもある。

3.

 北村慈郎牧師は、「沖縄から米軍基地撤去を求め、教団『合同のとらえなおし』をすすめる連絡会」の前事務局長を務めた。同氏の宣教論・教会論は、その運動への積極的関わりへの必然性をもっている。「教師免職」は、広い意味で、この運動に対する否定的挑戦を意味する。「教団」は、「北村慈郎氏が未受洗者への配餐を続けていること」を「教規違反」「教憲違反」と断じ、「本教団の秩序を著しく乱す行為である」との判断で、この「免職処分」を行った。以下、この暴挙への批判的論点を述べる。

① 福音主義(プロテスタント)教会は「聖書のみ」「信仰のみ」「万人祭司」という宗教改革原理に立っており、聖書の上位に歴史的所産である教会の伝統を置かない。「教憲教規」の「聖書」に優位した適用は、この原理を否定する。未受洗者への配餐は教団では見解が分かれる神学上の問題であり、聖書の解釈をめぐって論議を尽くすべきことを優先させることが、教団の教会形成に資することであるにもかかわらず、その段階の教団内の見解を退け、伝統的には一つの神学的立場にすぎない「正統的聖餐論」を政治的力でもって押し通したことは、「聖書原理」からの逸脱であり、福音主義教会の伝統を踏みにじる。これは、神学的閉鎖集団、閉鎖的カルト集団へと教団を変質・退廃させるものである。聖餐論を含めて、「教会として日本基督教団とは何か」を忍耐深く論議するために、「免職」は即刻取り消されるべき事柄である。

「聖書のみ」の原理は、聖書の解釈の多様性を受容することからはじまる。近年の聖書学の発展から考えて、「未受洗者配餐」は聖書理解の必然を内包しており、そこを踏まえた議論は、教団の成熟にとって当然たどるべき道筋である。また、「未受洗者配餐」を「教憲教規違反」と断じるには、「法解釈」のかなりの無理が指摘される。法文の解釈を強引に数の力で押し切る政治の優位があってのことだといわざるを得ない。

② 教団の歴史的形成を無視する暴挙である。教団は、1941年、宗教団体法によって国家の戦争遂行の力の下で形成された。そのことの反省を「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」(以下「戦責告白」)をもって行ってきた。ここに至るまでに教団は、社会を布教の対象として見るという教会の考え方から「世と共に」存在し「世に仕える」教会への変革を、世界教会運動(WCC:世界教会協議会)などに沿って努力してきた。それは、戦後教会の教会形成や宣教姿勢の変化である。その変化の結果が、1970年代の教会内の青年・学生及び若手教職による激しい問題提起となったことは事実である。教団は、その問題提起の真理契機に当たるある部分を、忍耐をもって受けとめるべきであった。ある時期、その受けとめに辛苦しつつ教団・教区の形成に努力を重ねてきた。しかし、それに強烈な拒否反応を示した、いわゆる「教団正常化」路線を歩んだ人たちは、やみくもに自分たちの立場を政治的に実現させる、なりふりかまわない政治主義に走った。その結果、教会会議であり、自由な協議を保証すべき教区・教団の総会を、政治工作の場としてしまった。第37回(合同後22回)総会に秘密漏れした「伝道する日本基督教団の形成のために」は、自派の議員の思考停止を指示するもので、もはや会議とはいえない政治的権力の奪取にほかならない。このような教会政治権力の力で「北村免職」が行われた。このような教団・教会の政治主義は、やがて退廃を露呈するであろう。そのグループに加担はするが良識派であるメンバーによって、速やかに猛省がなされるべきである。

③「未受洗者配餐」は、聖書の歴史的理解と、教団の社会に開かれた教会形成の、当然の結果としてたどられてきた。われわれは、日本の格差社会に露になっている苦悩、苦難、国家の圧迫に身を晒すことなく「教会」であり続けてきたことを、戦後の宣教の歩みで悔い改めをもって反省し、たどたどしくもその歩みを続けてきた。それは、日本の中央首都圏にある教会の歩みというより、地方の小さな諸教会でむしろ担われてきた。そこで取り組まれてきた問題は、部落差別、障がい者差別、性差別、野宿者・外国人労働者の問題、沖縄差別、反基地運動、在日朝鮮人差別、反靖国天皇制問題などであった。これは、社会の現実とのかかわりで「福音理解」を思考する大きな転換であった。神学上の議論としては、「世に仕える教会」「神の宣教」などの普遍性のある神学テーマとして論議されてきた。マルコ福音書の「5千人の給食」の記事は、すべての民衆が食に与るという現実として理解され、「野宿者炊き出し」の根拠を支えるものであった。それは「未受洗者配餐」への呼び覚ましともなった。

 また、日本近代史における「沖縄差別」の自覚が、第19回(合同後4回)総会(1976年)以来「合同のとらえなおし」の問題となり、第23回(合同後8回)総会可決をもって担われてきた。ところが、第33回(合同後18回)総会以後は前述したごとくであった。北村免職と沖縄差別は、まじめに神の委託に応えるべく「世に仕える」宣教に励んでいる諸教会への冒瀆である。

④ 手続きの不備。戒規の適用という一人の牧師(ある視点からみれば、現代という時代状況で最も忠実なイエスの僕であり、牧会者・伝道者として神からの召命の実現者である)の社会的生命に関わる問題の手続きとしては、あまりにも杜撰である。一般社会の通念に照らしてみても、その不備と瑕疵を指摘せざるを得ない。北村慈郎氏による「上告書および上告理由書」(2010年4月1日)、及び紅葉坂教会役員会「抗議と要望」(2010年9月26日)が、厳しくその不備と不服を述べている。「北村免職」のために、「戒規の申立人は誰にでもできる」との「信仰職制委員会」の見解が出た日程にあわせて小林貞夫氏ら特定の「常議員信徒」が戒規適用を「教師委員会」に申し出たやり方、上告の「審判委員」の選定を戒規申立人を含めた常議員会で選ぶなどは、一般社会常識にもとる手続きである。免職処分を出すまでに当該本人に一度も弁明の機会の供与がなされないなどは、北村氏が上告書で詳しく述べていることである。聖餐論という宗教上の論点を除いて、手続き論だけで司法裁判の法廷に耐え得る「人権侵害」で争うことは可能であるが、北村氏本人がその決断をした場合、どれだけ支援体制が組めるのかが、教会の体質の問われるところである。

⑤ モラル・ハラスメントとしての側面。モラル・ハラスメントは、フランスの精神科医マリー・フランス・イルゴイエンヌが用いている概念である。「家族などある閉鎖集団での精神的嫌がらせ、虐待、暴力」である。今の教団では、権力の多数派が自己の思想や立場を相対化できないで、自分たちの神学的聖餐論を絶対化して、あたかも「神の権能」であるかのごとき振る舞いをしている。その権力の恣意性は、たまたま教団常議員であり、かつて1970年代東京神学大学で学生の大学闘争を支持し、本来「正統派」であるべき人の逆な影響の大きさに慌てて、狙って北村氏を撃ったという側面がある。北村氏自身、これは本来「聖餐論」の問題ではないのだと発言している(北村慈郎『自立と共生の場としての教会』、2009年2月、新教出版社)。「出る釘は打たれる」という諺のごとく、「免職」までもっていった。暗に彼を撃つことの効果や影響を計算しているのであろう。そのことによって自分たちの正統神学のアイデンティティーが確立すると考えているのであれば、それは恐ろしい偏狭さといわねばならない。キリスト教的アイデンティティーは自己相対化の視座を失わない共同性の中でこそ確立するものである、とはほど遠い独善といわねばならない。

結論

 私は、以上の諸点により、満腔の怒りをもって現在の「教団」多数派の権力者たちに抗議し、北村慈郎教師の「免職」の撤回を求める。

 また同時に、このことが教団の「沖縄教区への構造的差別」に根底において通底することを指摘し、第33回(合同後18回)総会で「合同関連議案」を審議未了廃案にしたことへの沖縄教区への謝罪を求める。

 さらに、第36回(合同後21回)総会期第3回常議員会の「沖縄宣教連帯資金減額」を含めて改めて抗議し、従来どおりの額への回復を求める。

 加えて、このたびの大震災への教団の関わり方が、被災者への支援に優先して「教会中心主義」であることに抗議する。これは「関西神学塾」及び私が代表世話人である「沖縄から米軍基地撤去を求め、教団『合同のとらえなおし』をすすめる連絡会」からの発信としても共鳴願えるものと信じる。

⬅️ 「岩井健作」の宣教学インデックス(2000-2014 宣教学)

⬅️ 北村牧師支援インデックス

⬅️ 2011.3.11 東日本大震災インデックス