必要なことはただ一つである − 主体性(2011 聖書の集い・イエスの言葉 ②)

「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(ルカによる福音書 10:41-42、新共同訳)

「福音書のイエスの言葉から」②

2011.1.26、湘南とつかYMCA「現代社会に生きる聖書の言葉」第8回

(健作さん 77歳、明治学院教会牧師)

ルカによる福音書 10章38-42節

1.「学び」

「学び」というと「講義」を聞くという形が一般的です。「情報伝達型」です。

 確かに知識を習得するにはこれはいちばん近道です。もちろんそれを手掛かりとして、自分で参考書・研究書を紐解いてゆくことを重ねれば、知見をさらに深めることができましょう。

 しかし、そのような道筋とは違った方法を提唱した教育思想家がいます。

 パウロ・フレイレ(1921-1997、ブラジルの教育者)です。

 彼はブラジル東北部の貧しい農民に斬新な識字教育を行い、被抑圧者の教育学を提唱した人です。その方法は参加型学習です。これは「問題提起型」の教育方法です。

 その方法を聖書の学びに取り入れたのが、ブラジルのカトリック教会の「解放の神学」の担い手である聖書学者で、実践的活動家の「中ノ瀬重之神父(南山大出身、イエズス会所属)」です。

 ブラジルでは「ベルボ聖書センター」を起こし、民衆の聖書学習運動を「キリスト教基礎共同体」を基盤に展開しておられます。この方法を見学に、2004年夏、私は横浜の渡辺英俊牧師と一緒にブラジルへ行ってきました。

 神父も司祭のシスターも、老いも若きも信徒もそうでない人も、一緒になって、民衆の目線・民衆の感覚で、聖書を読んでいました。

 何百キロも離れた所から泊まりがけで来て、聖書を学んでいる姿に大変感動しました。

 労働党から大統領ルーラ氏が出たことや、その後継者に、女性大統領ジルマ・ルセフ氏が誕生した背景にはこのような民衆の運動もあります。その後、この聖書の学びの方法を日本の教会(講義型)にも紹介し、実践の活動もしようとして「ラテンアメリカ・キリスト教ネット」(通称「ラ・キ・ネット」代表:大倉一郎)というグループが立ち上げられて活動しています。私も世話人の一人です。

2.今日は、その方法でルカ福音書の「マルタとマリヤ」の物語を扱ってみようと思います。

 参加型聖書学習には「ファシリテーター」(進行役、共に旅をする人!− こうした教育方法で実践活動をしている池住義憲氏の言葉)が必要です。この学びは結果よりも過程(プロセス)を大切にします。

 参加者同志が信頼関係を持って学ぶことが大事です。

 では、私が「ファシリテーター」を務めますので、皆さんから、まず今日のテキスト(”マルタとマリア”、ルカによる福音書 10章38-42節)から受け取ったことを出してください。

(参加型聖書学習の実践)

「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(ルカによる福音書 10:41-42、新共同訳)

3.なぜ、そう感じましたか。それは、どうしてですか。

 自分が、このテキストに向かい合って、気が付いたことを、語ってみましょう。

 他の人がどう感じたかに耳を傾けましょう。

「なくてならぬもの − 口語訳」でイエスは何を告げたかったのでしょうか。

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(2011 聖書の集い・イエスの言葉 ③)